十六.



空は晴れていた。




雲がはるか下に見え、ティリオンは、翼をゆっくりと動かした。




「あの雲の中を抜ける時、あの御守りをかざして下さい。

それがなければ、あっという間に雷にうたれて、真っ逆さまですよ。」





ティリオンの言葉に、リマはお守りを握りしめた。






「いいですか、入りますよ。」




ものすごい速さで、ティリオンは雲の中に飛び込んでいった。



一瞬にあたりは暗くなり、雲が顔にぶつかって、リマは思わず目をつぶった。






「リマ、早く!」



ティリオンの声に、リマは夢中でお守りを上にかかげた。


割れるような音がすると、光が柱のように、まわりを取り囲み、音と光はリマたちを包み込んだ。


耳がキ−ンと鳴って、目の前が真っ白になった。





誰もがティリオンにしがみつき、知らないうちに目を固く閉じて、歯を食いしばっていた。




「もう、大丈夫。少し力をゆるめてくれませんか。」




ティリオンの言葉に、目を開くと、みんなは爽やかな風の吹き抜ける青空を、ゆったりと飛んでいるのだった。





「さてリマ、まず、どこへ行きましょう?」




「タル・エッサ・ロム、ブナの精の森へ。途中で休みはいらない。とにかく大急ぎ。」




「わかりました。本当の大急ぎですね。このへんで、ペガサスの大急ぎを見せてあげましょう。しっかりつかまっていて下さい。」





ティリオンはそう言うと、首を少し前にたおし、大きくいなないた。






太陽や月、夜にはきらめく星々が、まるで流れているかのように、現われては消えていった。



地上を見ても、ただ、茶色や緑色に見えるだけで、どこを通っているのかわからなかった。


風は吹き抜けるというより、顔にぶつかり、目はほとんど開けていられなかった。




昼と夜を二回過ごし、三回目の夜の事だった。




「リマ、タル・エッサ・ロムが見えてきましたよ。

あれは何でしょう。森の中心に、大きなかがり火が見えますよ。」




筋肉はこわばり、おなかは空腹で痛かった。



しかし、リマは、しっかり前を見つめて、ティリオンの言葉にうなずいていた。


ティリオンはゆるやかに速度を落とすと、羽ばたくのをやめて、風にのった。





「ちょっと待ってティリオン、森の外れ、山のふもとあたりに、たくさんのたいまつが、動いているよ。あそこへ降りて。」




ティリオンは空気を蹴って向きを変え、リマの指さした方へ降りていった。





「敵だ、空から来るぞ、エルフよ、前に。矢を早く。」




「ぼくたちは敵じゃない。リマです。矢を打たないで。」





リマは叫び、たいまつの列はざわめいた。


そしてティリオンが大地に足をつけると、リマはよろめくようにして飛びおりて、列の中に駆け込んでいった。





「ボルじいさんは、ボルじいさんはどこですか?」




「リマか?本当にリマなんだな?」



腕に血のにじんだ包帯をしたセント−ルが、前に進み出ると、リマの肩をがっしりとつかんだ。





「赤い風さん。」



「心配していた。王の兵士に捕まったと聞いたぞ。大丈夫だったか。」



「ええ。ぼくよりも、ボルじいさんは大丈夫ですか。」



「会ってくれ。悲しい事だが、それも最後になるだろう。」




赤い風はリマの手を引いて、列の中に引っぱっていった。

たいまつで丸く囲んだ中心に、小さなベットが運ばれていて、ボルオンはそこに横たわっていた。





「ボルじいさん、ぼくです、リマです。帰ってきました。ボルじいさん!」



ボルオンは薄く目を開けると、何かを言ったが、それは言葉にならなかった。





「ボルじいさん。」




ボルオンはうなずくと、苦しげに笑って、また、目を閉じた。




「私たちはこれから、闇の塔へ行く。

お前の家は、王の兵士に焼かれてしまった。

この先の洞窟なら安全だ。そこで待っているがいい。私たちが再び戻れるとは思わないが。」





「ぼくも行きます。連れて行って下さい。」



「おらもたちも行くぞ。」





そこにはズナゴム、モム、デモ、そしてティリオンがいた。



みんなはリマの顔を見ると、黙って大きくうなずいた。





「ぼくたちにも、何か出来るかも知れませ ん。お願いです。連れて行って下さい。」



「わかっているのか、私たちと来るという事が。

森の外は、王の兵士が守っている。それも、城がからっぽになるくらいの数だ。

そして、かつて森の広場と呼ばれた所にある闇の塔には、

数えきれないくらいのゴブリンどもと、強いル−ンをあやつる魔術師がいるのだぞ。



我々は、死にに行くのだ。」







「望みを捨ててはいけません。ぼくたちも行きます。」



「ありがとう。そこまで言ってもきてくれるなら、私はもう何も言わない。

さあ、行こう。早くしないと明け方までにつかない。」




たいまつに照らしだされた者たち、エルフ、ドワ−フ、ライオンにセント−ル、

小さな動物たちや小鳥まで、みんな傷つき、疲れを顔ににじませて、しかし、その目はたとえようもなく澄みきっていた。




リマたちは歩きながら、食べ物を口に運んだ。


ズナゴムはゴルの門でなくしたこんぼうの代わりに、新しいこんぼうを作っていた。





赤い風はリマの隣で、リマが旅だってからの事を話していた。




「お前が旅だって、しばらくの間、森には何ごともなかった。

ボルオンさまの傷も、思ったより順調に回復していた。

しかし、みんなが戦いを忘れてしまう頃、黒いマントを着た男が、また森に現れた。



後でわかった事だが、黒マントの男はバルカというのだ。


バルカは森の憩い亭で、ボルオンさまにいった。

王の命令だ、森をあけわたせとな。ボルオンさまは当然、その申し出をけった。

バルカが薄笑いを浮かべながら出ていった、三日後の事だった。

前とは比べものにならないくらいのゴブリンどもを引き連れて、いきなりバルカが襲ってきたのだ。


森のみんなは良く戦ったが、最後は破れ、ボルオンさまは再び傷つき、われらは山の洞窟に逃れるしかなくなっていた。



森の広場には、どんな魔法を使ったのか、一夜にして黒い塔ができ上がり、しまいには王の兵士までやって来て、森の外を固めた。

なぜ、この森がこんなに狙われるのか、それはボルオンさまにもわからなかった。



そして昨日、ボルオンさまの命もあとわずかだ。

せめてそのうちに、もう一度戦いを挑もうと、われらは出発したのだ。」





リマは黙ってうなずいた。



腰には竜の爪と呼ばれる剣と、ジュリムで造られた一本の矢があった。


リマはまだ、一度も抜いた事のない剣の柄を、しっかりと握った。





「敵が見えたぞ。」




東の空が薄い赤に染まる頃、物見に出ていたふくろうが叫んだ。




「王の陣地だ。」




赤い嵐は立ち止って、竜の紋章のついたテントと、かがり火に照らされた兵士たちを見つめた。




大きく息を吸って、赤い嵐は大声でどなった。






「突撃だ。」





一瞬の静寂の後、みんなは飛び出していった。


大地をける音が地響きのように聞こえ、さまざまな生き物の雄叫びが、あたりをうめつくした。




テントからは、鈍く光る鎧を着込んだ戦士たちが飛び出し、戦さを知らせる笛の音が、朝焼けの空にこだました。




リマも駆け出していた。その時、一瞬何かが違うと感じたが、それはすぐに打ち下ろされる剣の前に忘れてしまった。




竜の爪は思っていたよりも、すらっと抜けた。





リマは素早く剣の下をかいくぐると、大きな戦士の横腹に、思い切り剣を突き立てた。




剣はあっさりと鎧を貫き、子供と思って力を抜いていた戦士は、驚いたように、自分の身体から噴き出す血を眺めていた。




リマは、自分の胸が刺されたような痛みを感じ、知らないうちに、涙がこぼれていた。




あたりは一面、生き物同士が殺し合っていた。



ズナゴムが、こんぼうの一振りで、二人の戦士をなぎはらい、ティリオンはテントを蹴り倒していた。




デモが大きな戦士につかまれた時、金色の大きなライオンが、ゆっくりとたおれていった。




戦士たちが起きだし、その数が増えてくるにつれて、味方の数はどんどん減ってきていた。







誰も逃げず、ただ、大きな剣の前にたおれていった。



赤い風が後ろから切りつけられ、リマはあっと叫んで動きをとめた。



その時、右の肩に、リマはがつんと剣の先があたるのを感じた。



膝を付いたリマが見たのは、赤い風が倒れて行く姿だった。




「今度はぼくの番だ。」




剣が手から落ちて、鎧に包まれた戦士の足が、目の前に現れた時、リマは静かに目を閉じた。






雷のような地響きと、何かを叫ぶ声が聞こえた。


剣は振り下ろされず、戦士は走り去った。



リマが顔を上げると、朝日の中に大きな土ぼこりがたっていた。


馬に乗った騎士たちを率いて、何かを叫びながら、その先頭にいる者、リマは大きな声で叫んでいた。







「お師匠さま!」






ズナゴムがリマに走り寄ってきた。


モムがその背中からすべり降りると、リマの肩を見 て、心配そうに手をあてた。




「静まれ。静まるんじゃ。愚かな戦さをやめよ。わしは生き物の司の使者じゃ。

止めよと言っておるのがわからんか。」




騎士たちは戦いの中におどりこむと、そこにいる者たち、すべてを剣で制し、円陣をくんで身構えた。


騎士たちは皆、白く光る鎧に身を包み、それが朝日を跳ね返して輝いた。



タルナスは年寄りとも思えぬ身軽さで、ひらりと馬から飛び降りると、王のテントに向かって呼びかけた。





「生き物の司の使者が参った。出られよ。一言申し上げる事がある。」




王の兵士たちは、静かに事の成り行きを見守り、二人の騎士がタルナスの脇に進んだ。


テントはひっそりとして、誰も出てはこなかった。




タルナスはテントに向かって言った。




「ここでお答えがないという事は、生き物の司に対する反逆とみるが、よろしいか?」




「まて、今行くところじゃ。」



テントから、数人の兵士に守られて、太った王が、顔をしかめながら現われた。






「レントル王よ、久し振りですな。」



「なんじは絵具師ではないか。生き物の司の使者とは、どういう事じゃ。

絵具師などに、話はない。そうそうに、この騎士たちと立ち去れい。

このような時じゃ、わしを呼びつけた無礼は、大目に見てやる。」





「王は闇に、目をつぶされたとみえる。ここにおる騎士たちが、わからんとはの。

確かにわしは絵具師タルナス、しかしこの場では、生き物の司の使者でもある。

よいか、聞きなされ。これが使者の運んだ便りじゃ。




汝レントルよ、みだりに生き物を殺し、人のために、すべての生き物を軽んじた。

すぐさますべての兵を引き払い、城にこもればよし、さもなくば、天と地、神々の怒りは、汝とその兵にくだるであろう。」






「馬鹿を言うでない。兵を引けだと?それは誰に言っておるんじゃ?

よいか、わしは賢者バルカの助けにより、今まさに、命のル−ンを手にしようとしておるのじゃぞ。

それがあれば、生き物の司など、何ほどの事もない。

わしは神と同じ、永遠の命を手にするんじゃ。」




「永遠の命じゃと?ばかは、お前さんの方じゃ。それが喜びだとでも、思っておるのか?」




「すべての生き物の願いは、そこにある。何人とも、わしを止める事は出来ん。はよう、立去れい。」





「では、何としても、兵を引かぬ気かな?」




「くどい。」






「ならば、王の兵士に申し上げる。

今、正義に目覚めればよし、さもなくば、生き物の司に対する反逆者として、すべての生き物から追われる身となろう。

従う者は、剣を捨てよ。」




兵士たちは、互いに顔を見合わせて、そして最後に、王の顔を見た。

その時、一人の戦士が王の前に進み、ひざまづいた。




「王よ、お考えください。生き物の司は、この世の生を統べるお方。今はともあれ、一度、兵をお引きになっては。」





「汝は青の騎士、オレムではないか。青の騎士の分際で、王に意見をする気か。」





「けっしてそのようなことは。しかし、この度のバルカ様のなされよう、王のお名前をおとしめる事になるやも知れぬと・・・。」





「バルカは賢者じゃ。その叡智は、そなたなどにはわかるまい。それ以上何か言えば、反逆の罪で捕らえようぞ。」




オレムは黙って一礼すると、退いた。





「どうやら、レントルどの、使者の便りは、無駄だったようですな。よろしい、大地の怒りを見られるがよい。




タルナスはそう言って、王に背を向けると、円陣の中に入り、再び馬上の人となった。



「タル・エッサ・ロムの手のものは、下がっていよ。

竜騎士よ、すべての生き物を守るため、一千年の時を越えて、今こそ立ち上がるのじゃ。」




大きな歓声と共に、騎士たちは、剣を頭上高く振りあげた。



王はテントに逃げ帰り、兵士たちはそのまわりに集まってきたが、もう、その顔に戦意はなくなっていた。



竜騎士は散開し、王のテントをおしつつむようにして、進みはじめた。





テントのまわりの兵士たちはじりじりと下がり、しまいにはテントにぴったりと背中をつけ、その手の剣を握りしめた。

その時、ふくろうが甲高い声で叫んだ。




「裏から、王が逃げだしたぞ。」




兵士たちはどよめき、竜騎士は一斉に駆け出した。






「待て。今は追わんでもよい。傷ついた者たちの手当が先じゃ。」



タルナスの言葉に、騎士たちは止まり、馬から下りると、倒れている者に駆け寄った。






「リマ、無事じゃったか?」




タルナスはリマの前に膝をつくと、肩にさわってうなずいた。




「これなら心配はあるまい。」



そう言って、白いきれをリマの肩に巻くと、微笑んだ。





「ちと見ぬ間に、大人になったのう。モムも元気で、何よりじゃ。」





「お師匠さま。」




リマは言葉が出ずに、ただ、うつむいた。





モムが大きな声で泣き出して、タルナスに飛びつくと、リマも、もう涙をおさえている事は出来なかった。






「よしよし、つらかったろうの、よくやった、本当によくやったぞ。」



タルナスは二人の背を抱きながら、何度も何度もうなずいていた。




「お師匠さまは、大丈夫だったの?」



ようやく涙を拭いて、リマがタルナスにたずねた時には、リマのまわりにみんなが、集まっていた。




「わしか?そりゃあ家に戻った時には、驚いたぞ。わしの仕事場はめちゃめちゃで、おまけに、お前たちは影すらない。

途方に暮れておると、生き物の司から便りがきた。

なにが違ったか、レガンの洞窟に、お前たちがおるという知らせじゃ。


ひとまず安心したが、知らせはそれだけではなかった。

それはわしに、埋もれておる竜騎士を集めよ、というものじゃった。

王の兵士に追われるは、隠れ住む竜騎士の子孫を捜すはで、大いそがしじゃったわい。

しかし、それからお前たちは、どうしておったんじゃ?」




「ぼくたち、旅をしました。そして、いろいろな人に会ったんです。

川男さんや、ドワ−フ村のドルムさん、魔女のデラに、赤い竜や巨人たち。悪魔のゴルにも会いました。」





「何と、それでは星々の宮殿へ行ったのか!よくまあ、戻ってこられたものじゃ。」



「それから、おじいさんと、おばあさんに会ったんです。」




「そうか。多くを見、そして知ったんじゃな。楽しい事ばかりではなかったろう。リマよ、よく耐えたな。」




「みんなのおかげです。」



リマは振り向いて、ティリオンやズナゴム、みんなの足の間から、首だけ出しているデモを見た。

そして、最後に、モムの頭に手を置いて、「もちろん、モムもね。」 タルナスも笑った。






「お前の名前も、変えねばいかんな。なにもしないどころではないからのう。」



「お師匠さま、これからどうするんですか?」



「それじゃ。これからが問題じゃ。みな少し落ち着いたら、すぐに出発せねばならん。

その時、お前のその矢が、ものをいう事になるかも知れん。」






「この矢を知ってるんですか?」




「古えの力、こうしているだけでも、それを感じる。ゴルから取り戻したんじゃろう。」




「いいえ、ゴルがくれたのです。ゴルは淋しい生き物でした。」




タルナスはじっとリマの目を見つめると、しみじみとつぶやいた。





「リマ、お前は本当に、運命そのものなのかも知れん。お前によって、多くの者が苦しみから救われよう。」




「お師匠さまも、何かいつもと違って見えます。」






「それはお前が変わったからじゃろう。まあ、わしもとうとう運命がきたんでな、ちっとは変わっておるかもしれんが。

さて、リマよ、そろそろバルカが動きだす頃じゃ。バルカの塔へゆくぞ。よいか。」






「はい。」






取り残された王の兵士たちは、タルナスと竜騎士の前に剣を投げた。



それは、王が自分たちを見捨てたからというのではなく、おのれの欲望のために生き物を殺してゆく王に、心がよせられなくなったからだった。


しかし彼らは、共に戦おうという、タルナスの申し出には、首をたてに振らなかった。



最後の誇りを保とうとする戦士たちをおいて、タルナス、竜騎士、そしてリマたちはなつかしの森、タル・エッサ・ロムへ進軍していたのだった。







森は少し見ぬ間に荒れ果てていた。



美しかった木々は枯れ、草花は黒ずんでいた。



森の中にその頂上を見せる闇の塔に、みんなは無言で進んで行った。






生き物には何も出会わなかった。






「闇の塔、バルカの黒き心の塔じゃ。」




突然開けた森の広場、かつて森を訪れる者たちの憩いの場であった広場には、黒々とした塔がそそり立っていた。



そしてその下には、王と、王と共に逃げた一握りの戦士たちが、身体をよせあうようにわだかまっていた。





「やつらじゃ。バルカよ、わしを見殺しにする気か。扉を開けよ。扉を開けてくれ。」



タルナスはその姿を見ると、悲しげに首を振って、言った。






「王よ、扉は開かぬ。そこに秘められているのは、命のル−ンなどではない。バルカはお主を、たばかっておったのじゃ。」





「ええい、何を申すか。バルカは、わしのためを思って・・・。」



「残念ですな、王よ。タルナスの言葉は正しい。

ここには命のル−ンなどはない。しかし、死ぬ前に、最高の見せ物を御覧に入れよう。

そう、この世の恐怖、世界の終末、バルダルの復活をな。」




塔の頂上近く、壁にしか見えなかった窓が開き、あざけるように身を乗り出してそう言ったのは、

黒いマントに全身を包み、ねじ曲がった鉄の杖をついた男、バルカだった。





「リマ、光の石を出せ。やつはやる気じゃ。そして、光の石を、その矢にこすりつけるんじゃ。」




リマはあわてて靴を脱ぎ、剣でかかとをこじあけると、光の石を取り出した。


石は前に見た時よりも、透き通り、輝いていた。






「なんじがバルカか。愚かなことはやめよ。

神々のル−ンを使った者は、先ず自分のからだが滅びるのじゃぞ。闇の石は封印されねばならないのじゃ。」






「ほほう、お前が絵具師か。たかが絵具師に何がわかる?

私が、自分が滅びるのを承知で闇の石を使うほど、愚かだと思っているのか?

バルダルを使うくらいなら、滅びることはない。


それを確かめるために、私は今まで闇のル−ンを使わずに、研究を重ねたのだ。


古えの闇の王、ド−ラスが使ったやり方をな。」





リマが天空の矢に、光の石をこすりつけると、矢は全体が金色に変わり、ずっしりと重くなった。




リマは、きっと上を向いて、バルカをにらんでいるタルナスを見ると、その矢を両手でしっかりとつかんだ。









「レントル王よ、そして、わざわざバルダルの最初のえじきになりに、集まったばかどもよ、今こそ見るがいい。この私、最大のル−ンを。」








「バルカ、わしを助けてくれ。お願いじゃ。望みのものは何でもとらす。助けてくれ。」


王を見下ろして、バルカはにやっと笑うと、大きなカ−ドを両手に捧げ持ち、バルカはひっそりとつぶやいた。







「目覚めよ。闇の化身、バルダルの力を、今、我が手に。 ペルシュリク・ヘキシュ・ゴロレス!」







塔が大きく揺れ、それは広場自体にひろがっていった。




塔のまわりの石畳は、ふくらみ、そして崩れ、王は大きな叫びを残して、その中に消えた。




塔は傾き、ゆっくりと地中に沈み、地中から噴き出した黒い煙の中に、その姿を半分ほど沈めていった。








「さがれ、みなさがるんじゃ!」




よろめきながらタルナスが叫び、竜騎士たちですら、その顔には恐怖が見えた。



鳥たちは舞い上がり、大地に足をつけているものは、頭を抱えてひれ伏した。



リマは見ていた。塔のふもと、黒い煙に見えたのは闇だった。


そして、その中から、大きな家ほどもある、黒い骨だけの象が、ゆっくりと姿を現していた。





その背には何人もの骸骨が乗り、骸骨は四方に向かって矢を構えた。




おおん、という泣き声とも叫びともつかない声が、大地の底からわきあがり、それを合図に、骸骨たちはいっせいに矢を放った。









「バルダルの恐怖が再び始まった。」






タルナスが声をふるわせ、リマを振り返って叫んだ。







「今じゃ、矢を!」





リマは震える手で、矢をつかむと、長い槍を投げるように、頭の上に構え、目をつぶって一瞬呼吸を整えた。





骸骨の矢が落ちた所は、何もなくなっていた。


そこにはただ、闇だけがあった。

そし て、それはもわもわと動くと、少しづつまわりに拡がってゆくのだった。





「何をしておる?リマ、矢を投げよ。」




竜騎士の後ろに闇の矢が落ちた時、タルナスがもう一度叫んだ。


リマははっとして、力いっぱい、バルダルに天空の矢を投げつけて、大きな声で叫んだ。






「リマ・オ−ム・マルクシュ!」






天空の矢は、不思議なほどまっすぐにバルダルへ飛んでゆき、あっという声が塔の上で聞こえた。


バルカは、信じられないものでも見たような顔で、金色に光る矢が、バルダルに向かって飛んで行くのを見つめていた。




音はしなかった。



ただ、太陽が落ちてきたかのような光が、すべてのものの目をつぶし、あたりはいちめん真っ白になった。





時が止まり、静けさがおとずれた。





リマがゆっくりと目を開けると、タルナスが塔に向かって歩いて行く所だった。




タルナスは途中で身をががめると、何か長いものをつかんで戻ってきた。






「これがバルダルの正体じゃ。」




それはゆがみ、焼けたように黒ずんだ弓だった。





「これが、大地の弓、ですか?」




「そう、あの賢者メネラスですら倒せなかったバルダルを、お前は倒したんじゃぞ。」






タルナスは顔を上げると、にこっと笑った。




リマは夢でも見ているような顔で、タルナスを見ると、やはり、にこっと笑い返した。










「ゴブリンどもだ、気を付けろ!」




二人が振り向くと、傾いた黒い塔から、あふれるようにゴブリン鬼が飛び出していた。




「戦じゃ。最後の戦じゃ。」



それは長い戦いだった。毒の塗ってあるゴブリン鬼の短剣に、何人もが倒されていった。



タルナスとリマは、背中を会わせて戦い、ズナゴムはモムを抱いて、こんぼうをふるった。



ティリオンの翼は、ゴブリン鬼の緑色の血で染まっていた。


切り落とされたゴブリン鬼の手で、リマが足を滑らせた時、力強い腕が支えてくれた。




その竜騎士はセント−ルだった。




白く輝く兜を上げると、銀の翼のにこやかな笑顔があった。






「大丈夫か、リマ。ナリウスも、ロメルも来ている。なあに、もう少しでかたがつくさ。頑張れよ。」




銀の翼はそれだけ言うと、また自分の戦いに戻り、リマは剣を握りなおした。





いつの間にか塔からは、稲妻がほとばしっていた。




稲妻が落ちた所は、大きな丸い焼け跡に変わり、敵とも、味方ともつかないくらいに焼け焦げた身体がころがっていた。







「稲妻のル−ンを使い始めたな。森の手のものは、さがるんじゃ。稲妻に打たれるぞ。竜騎士どもよ、前に出よ。」





タルナスは大声で叫ぶと、リマにもさがれと手で合図した。





「竜騎士たちは大丈夫?」


リマは動かずに、タルナスに聞いた。




「竜騎士の鎧は、ジュリムで出来ておる。あのくらいのル−ンは、跳ね返してしまうわ。」




竜騎士たちは、兜をまぶかに引き下ろし、ジュリムの剣を身構えて、慎重に進み始めた。



稲妻が、いたずらにゴブリンの数を減らすだけになると、稲妻はやみ、バルカが窓に姿を現した。






「この程度で、私が参ると思ったら、大間違いだぞ。」




バルカはまたカ−ドを取り出し、口の中でぶつぶつとル−ンを唱えた。


灰色の煙がカ−ドからたちのぼり、それはゆるゆると、竜騎士たちに向かってきた。






「いかん、石のル−ンじゃ。」




「ジュリムはル−ンを跳ね返すんでしょ?」




「確かに鎧は無事じゃろう。しかし、鎧のすきまから入り込み、中の者は、石になってしまう。」





あわててタルナスはふところからカ−ドを取り出し、ル−ンを唱えた。






「マルサス・ソ−ン」





カ−ドから、赤い光が矢のように飛び出すと、それは竜騎士の前に固まって、光の盾を造りだした。



灰色の煙は、盾に当たると、じじじっと音を立てて消え、竜騎士は進み続けた。





あたりには、もう、竜騎士しかいなかった。



勝ち目がないと見ると、ゴブリンたちは森に逃げ込み、傷ついた森の仲間たちは後ろにさがったまま、どうなる事かと見守っていた。




リマは何かが近づく気配を感じて、後ろを振り向いた。


ズナゴムに抱かれたモム、ティリオンの足元にデモ、みんながリマに集まってきたのだった。






「みんな、大丈夫?」



「もう少しで、本当に苦しい旅も終わりですよ。」



ティリオンが言うと、リマはうなずいた。







タルナスが、塔を見上げながら、竜騎士の前に出て、バルカに言った。



「バルカよ、終わりじゃ。もう、お前に残された力はない。塔をおりて出て来るんじゃ。」






「これを見よ。お前がそれ以上進めば、この男の命はない。」




顔中がひげに包まれ、手足が骨のようにやせ細った男を、バルカは抱えるようにして、窓に現われた。





その手には短剣が握られ、短剣は、男ののどもとにあてられていた。







「この男が誰かは、知っていよう。」






タルナスは男の顔を見ると、信じられないものでも見たように、口を開けたまま二人を見つめた。











「タラス・・・」





「その通り。竜騎士タラス、そこの小僧の父親だ。」







バルカの言葉を聞くと、その男の目には、輝きがよみがえり、短剣にすら目もくれずに、窓から顔を突き出した。






「リマ、リマがそこにいるのか?」





「おとうさん!」





リマは剣を投げだすと、塔に駆け寄った。



その姿を見つけると、タラスは身体中の力を振り絞って叫んだ。






「リマ!」



「おとうさん!」







「小僧、それ以上近寄るんじゃない。お前の父を助けてやる。さあ、光の石を渡すのだ。」







リマは、塔の上のバルカと父をじっと見つめ、タルナスは腕を組むと沈黙した。




「リマよ、お前は父を見殺しにするほど、残酷な子供ではあるまい。

さあ、一人で上がってこい。そして、光の石を渡すのだ。」





タラスは、弱った身体のどこからそんな力が出て来るのか、押え付けようとするバルカをふりほどいて叫んだ。




「リマ、来るんじゃない。私は死ぬ前に、お前の顔を見られただけで、もうじゅうぶんだ。

お前は竜騎士タラスと、輝く星セレンの息子だぞ。私の事は気にせずに、塔を攻めるのだ。」





「うるさい。」



バルカはタラスを引き倒した。




タラスの姿は窓の中に消え、竜騎士たち、そしてタルナス、そこにいあわせたすべての視線がリマに注がれた。




リマはうつむいて、光の石を握っていた。





「どうしたリマ、光のル−ンはさっき聞いた。バルダルを倒した時にな。

あとは、その石さえあればいいのだ。それで私は、世界をこの手にできる。渡せ。」







「だめだ。」





うつむきながら、小さくリマは言った。







「何だと?よく聞こえなかったぞ?さあ、石を持ってこい。」







「だめだ。石はお前に渡さない。」




リマはゆっくり顔を上げると、今度ははっきりと、バルカに向かって言い放った。







「お前の父が、死んでもいいと言うのか?」





「たくさんの生き物が、この石のために、苦しみ、悲しみ、そして死んでいった。

もう、こんな事はたくさんだ。お前から石を取り返し、二つの石は誰にも手の届かない所に封印する。」






「わかった。タラスよ、親不孝な息子を持ったものだな。ならば、望みどおり、死んでもらおう。」




バルカは外から見えるように、ぐったりしたタラスを抱き上げ、短剣を振りあげた。






その時だった。




ピピピッ、という鳴き声がして、何かがバルカの手にぶつかった。


バルカは短剣を落とし、後ろへ飛び退いた。



黒いペガサスが、窓に目がけて急降下すると、その背に乗っていた者が、窓の中に踊り込んでいった。



すべては一瞬の事だった。リマは、ぽっかり開いた暗闇の口のような窓を、ただ見つめていた。






何かがあらそう音が聞こえ、窓に現われたのはタラスの姿、そして、鎧をつけた戦士の姿だった。






「ペガサスよ、早く、この人を。」



後ろを気にしながら、窓からタラスをペガサスに乗せているのは、青の騎士、オレムだった。



タラスを乗せたペガサスが、オレムを乗せようと近づいた時、オレムはのけぞると、窓の中に消えた。




ペガサスはリマの横に、タラスを乗せて舞い降りた。





息を切らしながら、バルカが窓に現われた時、その手には、血のついた短剣が握られていた。






「もう、おしまいにせよ。これ以上の血を流す事は、このわしが許さん。」





小鳥が後ろの方に飛んでゆき、竜騎士たちは道をあけた。


それは長い長いひげの、七色に光る不思議なロ−ブをまとった老人だった。


老人の腕には小鳥がとまり、ピピッと鳴くと、首をかしげて、リマ、リマ、リマ、と繰り返した。




老人はリマの前まで来ると、リマとリマに抱かれたタラスを見て、微笑んだ。





「リマよ、よくやったな。」



その澄んだ緑色の瞳を見た時、リマは言った。






「生き物の司さま。」



「よくわかった。心の目が開いたな。」




そして、生き物の司の後には、赤いロ−ブをまとった老人、様々な色の服を着た子供達が続いてきた。



「ドレイオスさまも!それに、みんなも!」



「生き物の司さまが、人の形をとるとは珍しい。」





タルナスはそう言って、生き物の司に笑いかけると、深々とおじぎをした。





「なんじも、もうすぐ時が来るようだな。」


「はい。」


「さて、最後のひと仕事じゃ。」





生き物の司は塔の下まで行くと、呆然と立ちすくんでいるバルカに、割れるような大声で言った。





「バルカ。もう降りてこい。お前のたくらみは、すべて破れた。石を持って降りてこい。

これは大地の女神クシャルさまより、この世の生き物を司ることを託された、大竜ゴライアスの命令じゃ。

もし降りてこぬなら、この塔もろとも、大地に封印する。早くせい。」




その言葉に我に返ると、バルカは無理に口をゆがめて笑い、ロ−ブの中に手を入れた。



「これが見えないか。大地の女神クシャルだと?すべての生き物の司だと?笑わせるな。

私は賢者バルカ、神々と同じ力を使い、神々にも等しき力を持った者。

お前に、身を屈めることなど、出来るはずがなかろう。」






「ならばよい。大地に埋もれ、石となれ。」





「よかろう。しかし、私が石になる前に、お前たちは、永遠の闇をさ迷う事になるのだ。

もうこの身など滅んでもよいわ。闇のル−ン、すべての力を解き放ってくれる。」





バルカはうす青く光る、小さな石を手にのせると、再び闇のル−ンを唱えようとした。





「リマ、石をかすんじゃ。」



タルナスは、光の石をリマから取り上げ、その石を高々と上に上げた。




「やっとこれで、わしも重荷から救われる。バルカよ、闇のル−ンを唱えてみよ。

この日が来るまで、わしは死ねなかった。一千年も、さ迷ったわい。」





バルカは、ル−ンを唱えるのをやめて、驚いたようにタルナスを見た。






「千年、さ迷っただと?お前は一体誰だ?」



「この二つのル−ンでは、魔術くらべにはなるまいがの。

ともに死にゆく身じゃ、名乗ってやろう。



わしは最後の長、タルナス・デ・ラ・オルコス、



一千年前、運命のル−ンをもてあそび、神々の怒りから、運命の時に至るまで、死から遠ざけられた大馬鹿者よ。」







「最後の長だと?そうか、それでわかった。竜がお前と妙に親しいのもな。

二千年も付き合っていれば、仲良くなろうというものだ。相手に不足はない。」




タルナスは、リマを振り返って笑いかけた。





「お師匠さま!」




「リマよ、ありがとう。おまえは絵具師見習いなどに、なるべき定めの者ではない。

それを、わしの弟子にしてしまったのは、わしのわがままじゃ。

永い時の中で、お前と暮した年月が、一番幸せじゃった。たっしゃで暮せよ。父を大事にな。」





「何をごちゃごちゃ話している?いいのか?」




「死に急ぐでない。わしならいつでも大丈夫じゃ。」






「ゆくぞ。」




バルカとタルナスは、同時に石をかかげて、ル−ンをを唱えた。






地響きが起り、風が起きた。それも、ズナゴムですら転がるような風だった。




一瞬に、すべての色が消え、木がめきめきと音をたてて倒れた。


竜騎士が広場の端まで吹き飛ばされ、リマはタラスを抱いたまま、目を閉じていた。





風の中から、何本もの黒い竜巻がおこり、それは次々と天空に消えていった。




リマはうっすらと目を開けた。


生き物の司とリマたちの立っている所は、まるで何かをかぶせられたように、外の風がさえぎられていた。





そして、その中心にいるタルナスは、頭上に手をさしあげたままの形で、黒い影になっていた。





リマは何かを叫ぼうとしたが、身体は凍りついたように動かなかった。









景色はすべて、白と黒、それも色ではなく、ただ光と影でしかなかった。




風がやむと、にじむように白と黒が反転してゆき、突然、タルナスのいた所から、光が飛び出した。









それは矢のように、飛び散ってゆき、光の矢があたった所に、静かに色がひろがってゆくのだった。




みるまに、まわりに色が戻り、煙のような雲の間から、夕日が赤くさしこんだ時、広場は喜びの声でうまった。



バルカの塔は、残がいも残さずに消え去り、タルナスの立っていた所には、小さな棒きれが転がっているだけだった。






リマはタラスをそっと寝かせると、その棒きれを手にとって、なつかしそうに胸に抱いた。








「やっと終った。」





生き物の司が、ため息をついてリマの顔を見た。


そして、タラスの上にかがみ込むと、その手をタラスの胸に置いて、何かを唱えた。



やせ細った顔に、みるみる生気が戻り、頬にも赤味がさしてきた。リマは駆け寄り、父の顔を見つめた。





「リマ、か?」




タラスは目を開けると、そう言って体を起こした。




「おとうさん!」




リマはその首にしがみつき、ただ、おたがいのぬくもりを確かめあっていた。






涙があふれ、言葉は何も出てこなかった。


細くなった父の手は、それでもしっかりと、リマを抱きしめていた。



生き物の司は、それを見つめてつぶやいた。






「多くの者が死んでしまったな。しかし、ここから、また新しい命が始まるんじゃろう。」





リマのまわりは、たくさんの生き物でいっぱいだった。




モムがいた。ズナゴムもいた。




ティリオンは黒いペガサスと並んでいて、デモはその首にぶら下がり、銀の翼にナリウス、ロメル、竜騎士たちの上を、小鳥のチ−クが飛んでいた。







「やっと終りましたね、リマ。これがリュシオン、私の弟です。」


ティリオンと並んでいたのは、光るような黒のペガサスだった。




「さっきはありがとう。」


「いいえ、とんでもない。あのオレムという戦士の力ですよ。

この森の入り口であったんです。


最初は敵かと思ったんだけど、必ずバルカを倒してやるから、って言うもんだから、乗せたんです。

いざとなったら、振り落すのは簡単ですしね。

でも、あの人の最期は立派でした。

バルカに刺されながらも、リマのお父さんを私に乗せ、倒れるまでバルカをくいとめていたんです。」





「心の正しい人が、また一人死んでしまったんだね。」



リマは、ぽつりと言った。






「リマ、これからどうするんじゃ?」



生き物の司が聞いた。



「ゴライアスさまはどうするんですか?」



「わしらには、まだ仕事が残されておる。

大きな力が使われた事で、大地にこめられた命の力が、弱まってしまった。

わしらはこれから、それをなおさねばいかん。



どうじゃリマ、そしてタラスよ。



王は、バルカとともに消えてしまった。タラスが王となり、リマが竜騎士公となって、この国を治めてみる気はないかのう。」





リマとタラスは顔を見合わせ、みんなは、わあっと歓声をあげた。





「すごいや、タラス王に、竜騎士公のリマだ。」



モムが踊りながら、手をたたいて言った。






「それが一番みんなのためになるでしょう。」


ティリオンが言うと、生き物の司はうなずいて、




「この二人が引き受けてくれればな。」






「ちょっとお待ち下さい。」





そう言ったのはタラスだった。






「お申し出、身に余る光栄です。

しかし、私たちはこれから、静かに暮そうと思うのです。

私の愚かさから、多くの者が死にました。正しくない事をしたとは思いません。


愛は、生き物の持つ、最も美しい心ですから。


しかし、自分の息子にも辛い思いをさせ、多くの者を犠牲にしてきて、私は王にはなれません。

リマも特別なことのない、普通の少年として育ててやりたいのです。」






「生き物の司さま、ぼくは絵具師になります。

お師匠さまほどには、なれないけど、お師匠さまの後を継ぎます。

焼かれてしまった仕事場のそばに、きれいな丘がありました。

あそこに家を建てて、羊を飼い、絵具を集めて暮します。わがまま言ってごめんなさい。」





「ネリサムの丘か。あそこは良い所じゃ。それもよいだろう。」




「あの丘を知ってるんですか?」



「あそこは昔、賢者メネラスの住んでいた所よ。

メネラスは城も館も持たず、あの丘に、小さな木の小屋を建てて住んでおった。ネリサムとは、祈り、を意味する。

お前たちが住むには、ぴったりの場所かも知れん。」




「ねえ、リマ、残念だけど、王様と竜騎士公はあきらめるから、一緒に住んでもいいよね、ね。」



「もちろん。ズナゴムだってね。みんな一緒に住もう。」



「そろそろ、わしらは行かねばならない。王の事は、また誰かに頼む事にしよう。

ところでお前が、さっきから大事に抱えておるものは何じゃ?」




「お師匠さまの調合棒です。」




「そうか。大事にするんじゃぞ。」




「どちらへいかれるのですか?」




「隠しておいても仕方がないじゃろう。わしらはこれから命のル−ンを、この世界にまきに行くんじゃ。

命のル−ンの絵具は、実はわしら、竜なんじゃよ。

わしらは、世界中に散らばり、命のル−ンを唱えながら、その身体を大地に埋める。それで世界は、よみがえるじゃろう。」





「じゃあ、みんな死んじゃうの?」




そう言って駆け寄ったモムの頭を、生き物の司はやさしくなでた。




「大きな力がここで使われた。しかし、その力は、もはやこの世界全体にひろがっておる。

ここまで世界がこわれた事は、今までになかったことじゃ。多くの者はそのまま石になってしまうじゃろう。」





「そんな・・・。」




「悲しむ事はない。タルナスも言っておったろう。

われらは死ぬことができん。命のル−ンを使う事によって、初めて、安らかな時を迎えることができるんじゃ。」



生き物の司は振り返り、集まった者たちに言った。



「すべてが終わり、ここからすべてが始まる。けがをしている者の手当をせよ。

竜騎士たちも手伝って、しばらくは、この森をよみがえらせる事につとめるんじゃ。



その後は、それぞれが一番良いと思った道を進め。



与えられた生を、力いっぱい生き、その締めくくりである死を、安らかに受け止める。

それこそ、生き物が守らねばならぬ掟なんじゃ。


よいな。皆、元気で暮せよ。さらばじゃ。」




生き物の司が手を上げると、雷が鳴り響き、あたりが一瞬暗くなった。




と思うと、ざあっという音がして、生き物の司、その兄であるドレイオス、そしてたくさんの子供達は消えて、空に竜が昇って行くところだった。






空は竜で埋めつくされ、そのうろこが夕日に映えて、きらきらと輝いた。




竜たちは真上まで昇って行くと、世界中に散らばっていった。






夕焼けの色は、もうほとんど東の空だけになり、群青色の夜空には、もう星がまたたいていた。






空を見上げているリマの肩に、暖かい手がおかれた。父の手だった。


リマはその手を握ると、父の顔を見た。






「リマ、行こう。ネリサムの丘へ。」


「うん。」



その時、星が一つ、輝きはじめた。

それは今まで消えていた星、最も美しい宵の明星だった。





タラスは立ち止り、その星を指さした。




「あれが、かあさんの星、美しいセレンだよ。」



リマはうなずいた。




「ガリウスじいさんが、ゆるしてくれたんだね。」



「お−い、待ってよう。」


モムとズナゴムが走ってきた。





振り返ると、みんなが手を振っていた。





「さようなら。」





「さようなら。」




やがて姿が見えなくなり、声も夜に消えてゆくと、父と息子は手をつなぎ、息子は父に話しかけた。






「ねえ、おとうさん。」




「なんだい、リマ。」






二人は顔を見合わせて微笑んだ。





夜空にはセレンが、ひときわ明るく輝いていた。

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