十四.
空はくもって、今にも雨が降りだしそうだった。
竜は、リマたち、一人づつを、じっと見つめて言った。
「ここからは、何の助けもない。
あるのは邪悪な闇と、洞窟、そしてその先にはゴルがおる。
ゴルについては、わしには何も話してやれん。知らんのじゃ。
ただ、一つ言える事は、やつには普通の武器では歯が立たん、ということだ。
そこではお前たちの勇気と信頼こそが、唯一の武器となろう。
そして、ゴルの門では、生きている者だけが敵ではない。
生きているのはゴル一人、ゴブリン鬼すら近寄らん。後は、そこらじゅうに仕掛けられているわなが、最大の敵になる。心して行け。
そして目的を成し遂げよ。
わしも心から成功を祈っているぞ。ではさらばじゃ。」
竜は舞い上がり、そのひげを風に震わせた。
「言い忘れておった、ゴライアスにあったら、言っておいてくれ。
汝が兄、赤き竜のドレイオスが、よろしくと言っておったとな。」
リマたちが呆然としている間に、竜はみるみる小さくなっていった。
「生き物の司の、お兄さんだったんだ。」
モムがつぶやいた。
「私も知らなかった。竜の子を育てる赤き竜のことは聞いていましたが、まさかそれが、ゴライアスさまの兄だったとは。」
「みんな早く行こう。そんなことに驚いているのは、後だっていいだろ?これからが大変なんだから。」
デモは斧を振り回しながら、そう言って先に歩きだしていた。
「デモの言う通りだ。行こう。」
みんなは顔を引き締めて、ひときわ高いエッシャの柱にむかって歩きだした。
ゴルの門は、すぐに見つかった。
というよりも、どう歩いても、ゴルの門へ行き着くようになっていた。
「とうとう、ここまで来たんだね。」
モムが大きな洞窟を見あげて言った。
「あそこに、なんか書いてある!」
デモが指さす方を見ると、門の上、削り上げられた岩肌に、何か文字が刻まれていた。
「古代文字だ。」
リマが言うと、モムは顔をのぞき込んで、遠慮がちに小さな声で、読める?と聞いた。
「ええと、今読んでみるよ。 自らを捨てる者すら、
この門をくぐることなかれ。
この道は開かれるために 造られたものではなく、
閉ざされるために造られたものなれば。」
「どういうこと?」
「簡単に言えば、入るな、出られないぞ、っていうことですよ。」
ティリオンがモムに答え、モムはその答えを聞いて身震いした。
「だけど、おらたちは、行かなくちゃならないんだ。そして帰って来なくちゃ。」
「んだ。デモの言う通りだ。もう行くしかねえだよ。」
ズナゴムの言葉に、リマはうなずくと、ランプを取り出して火をつけた。
「行きましょう。」
リマは勇気を奮い起こすと、ゴルの門へ一歩を踏み出した。
「どっちへいったらいいんだ。」
入り口からすぐの所で、もうリマたちは困っていた。
道はそこで三つに分かれ、どれもがまったく同じに見えた。
洞窟はよどんだ空気に満たされて、荒く削った岩肌が、ランプに照らされて無気味に光っていた。
「どうしよう。」
リマは腕を組んで、分かれ道を見つめた。
「リマ、この道は右へ行くんだろ?」
デモがわかりきったことのように、リマに言った。
「どうして?なんでそう言えるんだい?」
「だって、魔女のデラは、嘘をついていないと思う。
あの時、聞いたじゃないか。ここの岩は赤っぽいから、きっと赤の通路だよ。赤の通路なら右が正解だろ?」
「そうだね、ありがとう、デモ。
あんなに大切なことを、すっかり忘れていたよ。
確かにあの時、聞いたよね、赤の通路は右の道、青の通路は左の道、白い通路は真ん中の道ってね。」
デモは笑ってうなずくと、右の通路へ進んで行った。
次々に道は三つに分かれていったが、赤い岩の壁が続き、リマたちは右へ右へと進んでいった。
恐れていたわなもなく、大分歩いた所で、道は大きな部屋につきあたっていた。
そこは今までと違って、磨き上げられた白い壁で、同じ色の白い床には、厚くほこりが積もっていた。
「ここは何のための部屋なんでしょうね。」
ティリオンが不安そうにつぶやいた時、大きな音が部屋の四方に鳴り響いた。
ランプをさしあげて見まわすと、今来た道を含めて、この部屋にある四つの通路すべては、黒い扉に閉ざされていた。
「わなだ!」
「閉じ込められた!」
「どうしよう!」
リマは一所懸命自分を落ち着かせながら、自然と身体を寄り添わせてくる仲間たちに言った。
「あわてないで。きっと出る方法があるはずだよ。
お父さんはここを通り、そしてここを通り抜けたんだから。」
リマはランプを掲げて正面の扉に近づくと、顔をよせて、扉の隅々まで、ていねいに調べた。
しかし、扉には小さな出っぱりひとつなく、あきらめたように、リマは扉をこつんと叩いた。
金属のような音が、静かな部屋に響いては消えていった。
「絵具も塗っていないし、ル−ンも書いてない。これは魔法でしまったんじゃない。何か仕掛けがあるはずだよ。」
リマはため息をついた。
「むこうも見てみよう。」
扉は四つとも、まったく同じものだった。
壁にも手掛かりはなく、ランプの光がいやに小さなものに思え、もとの扉の前でリマたちは立ちつくした。
リマは腕を組んで考え、扉を見つめたまま、一言もしゃべらなかった。
こんな時、いつもなら何か助言をするティリオンも、うつむいたまま、顔を上げようとはしなかった。
ズナゴムはモムとデモを抱き上げて、こんぼうを握りしめていた。
突然リマはモムを見た。
「モム、王の金槌をかして。」
モムは、はっとして腰のベルトから金槌を引き抜き、手をのばしてリマに渡した。
王の金槌は、みんなの目に、外で見た時より、うつくしくみえた。
リマはそれを軽く振ってみてから、扉を叩いてつぶやいた。
「開け、扉よ。」
金属と金属のぶつかった音がして、また静かになった。
と、思うと、扉は大きくきしんで、上にあがっていった。
上の方で何かが押しつぶされる音が聞こえたが、扉はいっぱいに開くまで止まらなかった。
「さあ、今だ。」
リマの声と同時に、みんなは駆け出し、通路に飛び出した。
「リマ、その金槌、すごいんだね。でもこの道でよかったの?」
リマがモムに金槌を返すと、モムは心配そうに、そうたずねた。
「あの部屋は、きっと白の通路だよ。ほら、壁はまた赤っぽくなってる。白の通路は真ん中の道、だろ?」
洞窟はまた何度も分かれ、リマたちはそれを右へ右へと進んだ。
いくつかの小さな部屋も通り抜けたが、部屋はみんな白い壁だった。
みんなの足が痛くなり、ズナゴムすら片足を引きずりだした時だった。
通路はいきなり丸い部屋に出ると、そこで終っていた。
「道がない!」
その部屋には、リマたちの歩いてきた通路が一本、後ろにぽっかりと口を開けているだけだった。
「道を間違えたのかも知れない。」
竜のふところで眠った力も、もうその効き目は薄れ、リマの顔にも疲労が濃くにじみだしていた。
「仕方がない。ここで少し休もう。何か食べて元気をつけなくちゃ、いい考えも浮かんでこないよ。」
リマはそう言うと、部屋の真ん中に座り、リュックをおろした。
みんなも黙って、それにならった。
おかしな疲れがみんなを襲い、食べ物を口に運ぶ前に、ティリオンまでも首を垂れて、こっくりこっくりと居眠りを始めていた。
ズナゴムは夢を見た。大きな竜の顔が、ズナゴムに話しかけている夢だった。
竜は生き物の司だった。生き物の司はズナゴムに語りかけた。
「ズナゴムよ、起きろ、起きるんじゃ。そこで眠ってはいかん。
その部屋はゴルの口、そこで眠った者は、二度と目覚めることはない。
ズナゴムよ、力を奮い立たせよ。みなを起こせ、眠るんじゃない。」
ズナゴムがはっと目を覚ますと、リマやティリオン、腕の中ではモムとデモが、苦しそうな寝息をたて始めていた。
そして、ズナゴムの胸のペンダントが、薄い青の光を出して、腕の中を照らしだしていた。
「こりゃあ、いけねえ。」
ズナゴムは立ち上がると、リマに駆け寄り、揺り動かした。
腕の中のモムとデモを揺すりながら、ズナゴムは大きな声で繰り返した。
「起きるだ。眠っちゃいけねえ。起きるだ。みんな起きるだよう。」
しかし、誰も目を開けようとはしなかった。
ズナゴムは泣いていた。
「ここまで来てよう、みんなこんなとこで死んじまったら、おら、どうしていいか、リマ、何とか言ってくれよう。
モムっこも、デマぼうずも、どうしちまったんだい。ティリオンさんよう。」
ズナゴムは、しばらくみんなを起こし続けたが、誰も目覚めはしなかった。
もしゃもしゃの腕で涙をぬぐうと、ズナゴムはモムとデモを、リマの隣に寝かせ、どっかりと座ると腕を組んだ。
「泣いている場合じゃねえだ。おめえのいちばん苦手な、頭を使う番だぞ。考えるだ。」
ズナゴムは、う−んとうなって考え込んだ。
「ひっぱたいたって起きねえ。ゆすってもだめだ。
だども、おらはどうして眠くなんねえんだ?
そりゃあ、生き物の司様が、起こしてくださったからよ。
なら、このペンダントをみんなにかければ、起きるかもしんねえ。」
ズナゴムは大きな手で、ペンダントをとろうとしたが、止め金を外す前に、細いくさりは切れてしまった。
「いけねえ、こわれちまった。しかたねえ、何とかしてくれ。」
ズナゴムは順番に、ペンダントをみんなの胸に置いたが、さっきの光は消えていて、それは二度と光らなかったし、やはり誰も目覚めなかった。
ズナゴムはがっくりと肩を落とした。
そしてペンダントを両手にのせ、坐り込んで見つめた。
「おねげえだ、助けてくろ。生き物の司様、みんなをおこしてくだせえ。おら、もうどうしていいか、わからねえだ。」
ズナゴムはペンダントに話しかけた。
するとペンダントは、再び光り始め、さっきよりも、もっと強い光であたりを照らしだした。
光の色も、薄い青から黄色に変わり、ズナゴムが一瞬、目をそらしたくらいだった。
生き物の司の声が聞こえた。
「ズナゴムよ、やはり遅かったか。
わしにはお前たちが見えん。そこはゴルの領域、誰もが、立ち入ることのできぬ世界なんじゃ。
さっきは、お前の夢が見えた。
なんとゴルの口と呼ばれる部屋で、眠りにつこうとしているお前たちが、その夢に見えたんじゃ。
今わかったぞ。ズナゴムよ、お前は声のペンダントを持っているのじゃな?ジュリムでできた首飾りよ。
今はお前の声しか聞こえん。どうじゃ、持っておるのか?」
「はい、生き物の司様、おら、今、そのペンダントに向かって話していますだ。
みんなは起きねえし、おらどうしたらいいですだ?」
「ほかに虹の城の廃墟より、持ちきたったものはないか?」
「ほかって言うと、そうだ、金槌がありますだ。なにやらすごい金槌ですだ。」
「王の金槌じゃな。よし、早くせんと、みなは魂すら眠ってしまうじゃろう。
よく聞け、これは一度しかできん。みなの中心にこのペンダントを置き、王の金槌で思い切り叩け。
このペンダントの持つジュリムの力と、王の金槌のジュリムの力が解放されれば、ゴルの力を、上回ることができるかも知れん。
ふたつとも、それで壊れてしまうじゃろうが、それしか方法はない。
これが壊れては、お前と話も出来なくなるじゃろう。がんばるのだ。ズナゴムよ。」
「やってみますだ。」
ズナゴムは、モムのベルトから王の金槌を取り出すと、みんなの中心にペンダントを置き、金槌を振りあげた。
「おねげえだ。みんなおきてくろ。」
ズナゴムはペンダント目がけて、金槌を振り下ろした。
カキ−ンという音が響き、白い光が爆発したようにあふれだした。
部屋は真っ白になり、ズナゴムはしりもちをついた。
握っていた金槌は、その柄の部分を残してなくなっていた。
「ズナゴム、どうしたの?」
光が薄れていった時、ズナゴムはそこに、モムの心配そうな顔を見た。
むこうではリマが目をこすりながら起き上がり、ティリオンはたてがみを振っていた。
デモは大あくびをしながら、モムの後ろからズナゴムをのぞき込んでいた。
「みんな、目が覚めただか?」
「うん、ゆっくり寝られたよ。ズナゴムは寝なかったの?」
ズナゴムは何も言えずに、モムとデモを抱きしめた。
「ズナゴム、ごめんね、一人で番をさせちゃって。」
「いいや、いいだ。みんなよかっただ。」
「あれえ、ズナゴム泣いてるの?」
「いんやあ、それと、おらあやまらなくちゃなんねえ。モムの金槌、こわしちまっただ。」
「どうしたの、ズナゴム。ぼくたちが寝ている間に、何かあったの?」
リマが心配そうに聞いた。
「ちょっくらあったが、もう大丈夫だ。言うほどのことじゃねえ。
ただ、そんとき、モムの金槌をこわしちまったんでな、あやまんなきゃなんねえと思っていただ。」
ズナゴムが、それ以上何も言いたがらないのを見ると、リマはありがとう、とだけ言って微笑んだ。
胸のペンダントがなくなっていることには、誰も気付かなかった。
部屋の前には、今までになかった入り口が現われていた。
みんなは不思議に思ったが、リマが行こうと言うと、誰も何も言わずに、その後についていった。
そこは今までと違い、自然にできた洞窟のようだった。
道は一本道で、分かれ道は見あたらなかった。
しばらく行くと、道はくだり坂になり、熱い空気が、通路の先から吹き込んで、みんなの顔には汗がうかんでいた。
「このまま、地面の底までいっちゃうんじゃないだろうね?」
モムが言うと、デモが笑いながら答えた。
「おら、ずっと地面の中を掘っていた。これくらいじゃ、底どころか、上の上の方だ。」
「じゃあ、どうしてこんなに、暑くなってきたの?」
「それはおらにもわかんない。」
「地面の底には、大地の亀が、炎の上に横になっているんでしょ?きっと、それに近づいてるんだよ。」
「そうかなあ。おらはそう思わないけど。」
突然、闇が襲ってきた。少なくともみんなにはそう思えた。
そこはランプの光が吸い込まれるような闇で、むっとするような熱い空気がよどみ、地面からはガスとも湯気ともつかないものがたちのぼっていた。
「何だ、ここは。」
「ずいぶん地面の下にはもぐってきたけど、おらも初めてだ。
」
煙の中に人影が見えた。
「誰だ。」
それは白いドレスを着た、美しい女だった。
女はゆっくりとリマたちに近づいて来ると、少し離れた所で立ち止まった。
「あなたはどなたですか?」
リマが聞いた。
「おお、そなたがリマですね。私はセレン、あなたは覚えていないでしょうね。私はあなたの、母なのですよ。」
「お母さん?」
「そうです。ここへ来ては行けません。ここは地の下、暗闇の世界です。生きている者の来る所ではありません。」
「でも、ぼくたち、ここを通り抜けなくてはならないんです。」
「大丈夫。この道でなくても、通り抜けることは出来ます。さあ、戻りなさい。」
「ぼくの母なら、ひとつ聞きます。父が初めてあなたにあった時、贈ったものは何ですか。」
「昔のことでよく覚えていませんが、ええと、それは花だったかしら。」
「こいつはぼくのお母さんじゃない。お父さんが贈ったのは、歌だよ。花を贈ったのはバルカだ。間違えるはずない。」
リマの声とともに、女は消えた。
「行こう。この道に間違いない。」
煙をかき分けながら、リマたちは進んだ。
洞窟は広く、奥に行くほど煙は濃くなって、熱さは耐えきれないくらいになった。
それでもリマは歩き続けた。
ようやく向こうの壁についた頃には、みんなは頭からお湯をかぶったようだった。
そこは舞台のように少し高くなっており、つららのような石が、そこここに突き出していた。
壁の中央には穴があり、中は暗くよどんで、そこから胸の悪くなるような、空気とも気配ともつかぬものが漂いだしていた。
「あそこに、行かなくちゃならない。」
リマは言ったが、リマ自身、足は動かなかった。
みんな、闇がわだかまったような穴を見つめて、立ちすくんでいた。
「入らなくてはいけない。あそこに入り、この世で最も邪悪な者に会わなければ、ここから抜け出すことは出来ないのです。」
ティリオンの言葉は、自分自身に言い聞かせるようだった。
「あそこにいるの?その、悪魔が。」
モムがズナゴムのかげから、顔だけ出してティリオンに聞いた。
「間違いないはずです。リマ、ランプを高く上げて下さい。」
リマは言われるままに、ランプをかざした。
ほのかな明りに照らされると、その穴のまわりの細かな彫刻が浮かび上がった。
馬や犬の顔を持った人が、大きな亀に乗っているところや、
ざくろの実を手にとっている女神、その足元にからみつく蛇、そして穴の真上には、男の神に踏みつけられているみにくい生き物、
それらが岩の壁いっぱいに彫られていたのだった。
「ここが、本当のゴルの門なのです。
今までは、この門までの通路にしか過ぎません。
たくさんのわなだって、ある意味ではここへたどりつかないよう、親切で作られたのかも知れませんよ。」
「どのみち死んじゃあ、同じだ。」
デモがうつむいてつぶやくと、ティリオンは首を振った。
「すぐに死ねた方が、幸せなことだってあります。」
みんなは押し黙っていた。
リマはうつむき、額から汗がしたたり落ちるのが見えた。
しゅうしゅうとガスの噴き出す音のほかは、何のもの音もしなかった。
リマはゆっくりと顔を上げた。
「ぼくは行く。」
リマは、足が棒になってしまったかのよう に、ぎこちなく歩きだした。
ごくりとつばを飲込んで、モムとデモを抱えたズナゴムが、その後に続いた。
ティリオンは見開いた目を真っ赤にして、一度大きくいななくと、暗闇に向かって飛び込んでいった。
ランプの光は、何も照らしださなかった。
かと言って、消えてしまったのではなく、小さな光が、リマの手だけにかすかにあたっていた。
「あっ。」
モムの声が聞こえたが、何が起ったのかすらわからなかったし、みんな、それぞれ自分の恐怖と戦うことで、精一杯だった。
モムは、血みどろのリマの首が飛んで来るのを見た。
ティリオンは目の前で、翼を引きちぎられた自分が、ゴブリン鬼に生きながら食べられているのを見た。
ズナゴムは自分の顔が崩れ落ち、あわててこんぼうを捨てると、顔を押えたが、手には自分の目玉が転がってた。
デモは斧を持った自分の手が、斧を首にあてようとするのを、必死でよけようとしていた。
リマは・・・。
リマは目の前で、大勢の人間が争っているのを見た。
タルナスがいた。生き物の司がいた。
小さな絵の中で見たままの、父と母がいた。
父は大きな剣でタルナスを血みどろにし、生き物の司は真っ赤な口を大きく開けて、母をむさぼり食っていた。
父はタルナスが倒れると、血のついた剣を振りあげて、リマの方に歩きだした。
「やめろ。こんなのはすべてまやかしだ。」
リマは大きな声で叫んだ。
リマの頬は涙で光っていた。
「生き物は、こんなにみにくいものじゃない。
だめだ。いいかげんに姿を現せ。ぼくの愛する人達を、こんなまやかしに使うなんて許せないぞ。」
声はこだました。
みんなが見ていた幻は消え、ランプは洞窟を照らしだした。
黒い岩がランプの光で時々青く光り、正面にみにくい生き物がうずくまっていた。
「お前がリマか。」
その生き物は、さっき見た彫刻で、神に踏みつけられていた者だった。
ひからびて、骨だけになったような手足に、腹だけが異様にふくれあがった身体、そしてそのくせ、胸は骨にはりつくような皮だけだった。
顔は蛇のように口が突き出し、ねじ曲がった牙が、不ぞろいに並んで、とがった耳と小さな二つの角、
とかげを思わせる小さな目が、赤く血ばしってリマを見つめていた。
「ゴル・・・。」
ティリオンが飲込むように言うと、その生き物は、ちらっとペガサスを見た。
「腰抜けペガサスの兄か。よくきたな。」
「おまえが悪魔なのか?」
リマは目をしっかり開き、両足をふんばってゴルに言った。
「そうだ。おれがクラウシュク・テビテ・ゴル、ゴルの門の主だ。」
ゴルの声は、小さなつぶやきのようだった。
しかし、それは地の底から響いてくるように、みんなの心に染み透っていった。
「ぼくたちはここを通りたいだけ、あやかしはもういい。ここを通して下さい。」
「勇ましいことだな。ここを抜けて、どこへ行く?」
「星々の宮殿へ。」
「それこそ、人の行く所ではない。そのためにおれはここにいる。」
「おらたちは、行かなきゃなんないんだ。どうしてもだめと言うなら、おらにだって、考えがあるぞ。」
「おもしろそうだな、どんな考えだ?」
デモが斧を構えて前に出ると、ズナゴムもそれに続いた。
「やめるんだ、二人とも。」
ティリオンが言うよりも早く、二人はゴルに飛びかかっていった。
ゴルは口の中で、ぶつぶつ何かを唱えだした。
もう少しで二人がゴルにふれようとした時、どん、という大きな音がすると、二人ははじき飛ばされていた。
「大丈夫?」
リマが駆け寄ると、二人は頭を振りながら起き上がった。
「心配ない。おれは殺しはしない。堕落させ、魂をいただくだけだ。」
そう言って、ゴルは低く笑った。
「古き者よ、私たちを通して下さい。このリマには、世界がかかっているのです。」
ティリオンが、ゴルを見つめて言った。
「わかっている。ここにいても、お前たちがしてきたこと、お前たちのしようとしていることは、わかっているのだ。」
「では、なぜ?」
「たしかに、このおれにしても、世界が無になってしまうのは困る。
かと言って、黙ってここを通すわけにはいかん。
どうだ?ここに魂を一つ置いてゆかないか?それで残りの者は通してやろう。」
みんなは顔を見合わせ、リマはぎゅっと唇をかんだ。
「おら、ここに残る。おらの魂をやるから、みんなを通してくれ。」
「だめだ、デモ。そんなことは出来ない。」
「いいんだ、リマ。もともとおらが、おかしなものを掘り出しちまったから、こんなことになったんだ。自分の始末は自分でつけるよ。」
「いけない。そんなやり方でここを通り抜けても、絶対、いい事にはならないよ。
それじゃあ、バルカといっしょだ。一人のためにみんなが死ぬのも、みんなのために一人が死ぬのも同じだよ。」
「リマよ。ではどうだ、これをお前にやろう。
これで、このおれを突け。おれは何もしない。おれは死ぬだろう。
そしてお前たちは、ここを通ることができる。」
ゴルはそう言うと、鈍く光る一本の矢をリマに差し出した。
「これは?」
「天空の矢と言う。おれを倒せるものは、これだけだ。昔、これはおれに打ち込まれた。
幸か不幸か矢はそれて、腕に突き刺さっただけだった。おかげでおれはまだ生きている。」
「天空の矢・・・。」
「どうだ、リマ、おれを倒せ。」
ゴルは、じっとリマを見つめていた。
「リマ、これはわなだよ。」
「何か、たくらみがあるんだ。」
リマは前に進むと、矢を受け取った。
そして、しばらくそれを見つめてから、そっと下に置くと、ゆっくりとゴルの方に歩きだした。
ゴルは身動きもせずに、リマを見つめていた。
リマはゴルの前まで行くと、その干からびた手を取って、自分の胸に引き寄せた。
「ありがとう、ゴル。」
「お前で二人目だ。ここから無事で抜けられるのは。今度の事には、おれも責任がある。
お前の父親がここを抜けた時、おれはもう一人の男の心に、ねじ曲がった気持ちをうえつけた。
それがこの世を、滅ぼす事になろうとはな。
おれはそろそろ、死んでもよいと思った。だから、今まで隠しておいた、天空の矢を渡したのだ。
何もせずにお前たちを通せば、おれはきっと大亀ペリオストのもと、地の底の炎に、閉じ込められるだろう。
神々の掟を二度までも破ったとなれば、それも当然だ。
それなら、死ぬのも面白かろうと思ったのだ。
ゴルの門は、おれがいなくなった後、大地に崩れ、誰も星々の宮殿へは行けなくなる。
いいか、リマ。これは悪魔のゴルが、真実を教える最初で最後だ。
この世界は良いものと悪いもの、美しいものと醜いもの、すべて二つでできている。
それはぶつかりあうが、だからといって、一つでよいと言うわけではない。
ふたつがつりあって、初めて本当の形になるのだ。
あのバルカという男は、悪い事をしているのではない。ただ、壊しているのだ。
神々が造られ、つりあいをとっている世界の、そのつりあいをな。
それは一番危険な事だ。生きるものの領分を、越えてしまっている。
お前はこのおれの、最後の心を受け取ってくれた。
たくさんの魂は手にしたが、本当の心を感じた事は初めてだ。礼を言うぞ。
おまえが正しい事をして、悪魔に礼を言われた最初で最後の者になるだろう。
おれの右側の壁にぶつかれ。通路が開ける。
それとあの矢 は、持って行くがいい。後で役に立つ。
さあ、行け。人と星、天空と大地の息子よ。
星々の司には、ゴルの門は閉じたと伝えろ。行くんだ。」
「さようなら、ゴル。」
リマはゴルの手をもう一度強く握ってから、ゴルの右側の岩壁に駆け寄った。
「みんなこっちだ。」
岩に当たった衝撃はなく、そこは黒っぽい青の岩でできた通路だった。
後ろはただの岩で、手でさわっても、何も変わらなかった。
リマは、先頭にたって歩きだした。
「ゴルってこわいけど、何だか悲しい人だったね。」
モムがリマに話しかけた。
「多分、世界で一番悲しい人だよ。」
ぽつりとリマはそれだけ言うと、後は黙って歩き続けた。
青の通路をどこまでも左に進むと、やがて遠くに白いものが見えた。
「出口だ!」
リマに続いて、みんなは駆け出していた。