十三.





「ここはいったい、どこなんだろう。」




リマが誰に言うともなくつぶやいた。






「ねえ、デモ、何か聞いた事ない?」




先頭を歩いていたモムが、デモに聞いた。






「おら、しらねえ。もっとも、森を出てからの事はほとんどしらねえんだ。」





「私も聞いた事がありません。邪悪な場所ではないと思うのですが。」





ティリオンの言葉にズナゴムが続けた。





「おらもそう思うだ。ちっこいとんがり山と、何だかいい匂いのするきれいな木。

どこだかわかんねえけど、悪いとこのような気はしねえなあ。」




巨人の谷から飛びたつと、そこからこの風景は続いていた。









タルナスのとんがり帽子のような、土とも、岩とも知れないものが無数に立ち並び、

その間には、ズナゴムの背丈くらいの美しい木が、ぽつりぽつりと生えていた。






静かで、いい香りがただよい、迷っているのに、リマたちは誰も不安を感じない、そんな不思議な場所だった。






「とにかく、東へ進んでいこう。」





リマの言葉に、みんなはただ、歩き続けていたのだった。









何もないままに一日が過ぎ、また同じような一日が終った。








その二日目の夜だった。





枯れ枝を集めてつくった焚き火の前に、みんなは輪になってすわり、

ドワ−フのつくってくれた食べ物を、少しづつ分けて夕ごはんにしていた。






「あれ、誰かそこにいたんじゃない?」




モムが、少し離れた木のかげを指さした。






「本当だ、今、そこの木に移った。」





デモが斧をつかむと、そろそろと木に近づいた。




「誰だい?そこに隠れてるのは。」



デモが声を掛けると、その影は後ろの木に飛び去った。



不思議な事に、正体のわからない影に、誰も不安は抱かなかった。






「だめだよ、デモ。おどかしちゃったじゃないか。」




モムは、デモにさがるように言ってから、何気なく、影の方に近寄った。






「君、だあれ?ぼくたちは何もしないよ。怖がらなくても大丈夫。」



モムはしゃがみこんで、両手にあごをのせ、首をかしげると、黙って影を見つめていた。








影は最初、様子をうかがうように、少しだけこっちを見てから、そろそろと歩いてきた。






それは七才くらいの、小さな少年だった。




緑色の丸い帽子に、緑色の服、はいている靴まで緑色だった。




くりっとした青い目は、不安と好奇心にあふれていた。





「こっちへおいで。」




リマがやさしく言うと、少年はこくんとうなずき、焚き火のそばまで来て、食べ物を指さした。






「ぼくにも、それをおくれ。」





「おなかが空いているのかい?」





「うん。」




「今やるだよ。ちょっと待ってるだぞ。」




ズナゴムが、リュックをごそごそかきまわすと、少年は目をきらきら輝かせて、ズナゴムの手元を見つめていた。









「君はどこからきたの?迷子になっちゃったのかな?」




リマがたずねると、少年はまた、うんといってうなずいた。





「君の名前は何ていうの?」



「名前は言えない。じっちゃんに言うなって言われてる。」





「君は、おじいさんと暮しているんだね。じゃあ、村の名前はわかるかい?」




少年は、ズナゴムの差し出した木の実のパイをほおばりながら、小さな声で、知らない、と言った。






「きっとおじいさんは、心配してるんじゃないかな。何かわかれば、村まで連れていってあげるんだけど。」




「大丈夫。じっちゃんは、ぼくがどこにいるか、すぐわかるから。」







「どうして?」





「どうしてかわからないけど、わかるの。この前だって、すぐにわかったから。」






リマがティリオンの顔を見ると、ティリオンはリマの耳元でささやいた。




「この少年は変わっています。何が変わっているのかは、わかりませんが。リマ、この少年、何才に見えます?」



「きっと六才か七才、もしかすると八才くらいかも知れないね。」






「聞いてごらんなさい。」





リマはよくわからずに少年に目を移すと、パイの最後の一口に、かじりついていた少年に聞いた。




「ねえ、君は何才?」






「ぼく?ううんと、たしか二百三十才。」





「えっ、今なんて言ったの?」







「少し違ってるかも知れないけど、ぼく、二百三十才くらいにはなるよ。」




みんなは口を開いたまま、少年を見つめた。ティリオンだけが、おかしそうにうなずいて、何かしゃべろうとした時だった。








「ばかもの、まだおまえは二百十九才じゃ。自分の年もわからんのか。」





いつのまにかそこには、真っ赤な長いロ−ブをまとい、金色の長いひげを垂らした年寄りが立っていた。





「えらくきれいな、じいさまだなあ。」




ズナゴムはその年寄りを見ると、思わずつぶやいて、すぐに口を押えた。






「あなたは、どなたですか?」




「そのぼうずの、じいさんじゃよ。こいつはちょくちょくいなくなって、わしを困らせるんじゃ。」




「この少年が、その、二百何十才というのは本当なんですか。」



「確かにな。まあ、それはよしとして、お前さんがたこそ、どなたかな。」





リマが何か言うよりも早く、ティリオンが答えた。




「この少年は竜騎士タラスの息子、絵具師タルナスの弟子、絵具師見習のリマ、

私はペガサスのティリオン、森トロ−ルはズナゴム、コボルトはモム、ドワ−フはデモといいます。」




「ほほう、タルナスの弟子とな。

それにコボルトも、モムとはおもしろい名じゃ。

ペガサスが森トロ−ルをのせるというのも、並大抵の事ではあるまい。」




「ぼくたち、旅の途中なんです。巨人の谷から抜け出して、ここに迷い込んでしまったんです。ここはどこなのですか?」




「私は昔、竜のふところ、という場所の事を聞いた事があります。そこは・・・」





「まあよい。ついてきなされ。」




ティリオンの言葉をさえぎって、老人は背中をむけた。そして行きがけに、少年の頭をコツンと軽く叩いた。




「はよ、くるんじゃ。」



「ねえ、リマ、あのじいさんは誰なんだい?それにあの子供が二百才だって?

ニ百才っていえば、ドワ−フにしたって、もう立派な大人だよ。」




デモが、リマと並んで歩きながら聞いた。



「ぼくにもわからない。でも、ティリオンが何か知っているみたいだよ。

ひとつ言えることは、あのおじいさんと少年が、悪い人じゃないって事くらいかな。」




モムは不思議な少年と、すぐに友達になって、手をつなぎながら、赤いロ−ブのすぐ後ろを歩いていた。



ズナゴムはこんぼうをかついでその後に続き、リマ、デモ、ティリオンは、ズナゴムの後ろ姿についていった。






赤いロ−ブの老人は、まるで何かの目印があるかのように、細かく右へ曲がったり、左に折れたりしていたが、

すてきな香りの大きな木の前まで来ると、こちらへおいで、と言ってその幹の中に消えてしまった。






少年はこっち、こっちとモムを引っぱり、ふたりの姿が木の中に消えると、ズナゴムは目をつぶって木に体当たりした。






デモはおそるおそる木の幹にさわってから、えいっといって飛び込んだし、

リマはティリオンにうながされて、木の中に溶け込んでいった。








そこには光があふれていた。さっきまでは月明りだけの夜だったのに、そこには月がないだけでなく、太陽すらなかった。







しかしそこには、まぶしいばかりの光があふれ、思わずリマは手をかざした。





「これが、あの木の中なのかい?」






デモの声が聞こえたが、明るさになれないリマの目には、デモはどこにも見えなかった。







「これはすまんことをしたな。一言いっておけばよかった。」





老人の声が聞こえ、続いてモムの声が聞こえた。





「ここはどこ?すごくきれいだよ、ねえ、リマ。」









少しづつ目が慣れてゆくと、そこはとんがり山に、丸く囲まれた場所だった。




真ん中に大きな木が一本、それはさっきリマたちが入ってきた木と同じに見えた。



そしてよく見ると、とんがり山にはたくさんの扉がついていて、赤や緑、金や銀に塗り分けてあった。







「ここは一体どこですか?」





リマが赤いロ−ブの老人に話しかけると、老人は笑って片手を高々とさしあげ、おいで、と言った。




リマは自分の事を言われたのだと思い、おずおずと一歩進むと、

急に色とりどりの扉という扉が開き、中から子供達があふれ出てきた。






年令は本当に小さな子から、リマくらいの子供まで、みんな帽子から靴まで、扉と同じ色のものをつけ、老人の方に走ってきた。






リマたちはあっけにとられて、立ちつくしていたが、子供達はおかまいなしに近寄って来ると、まわりを取り巻いて騒ぎだした。



ズナゴムやティリオンは子供達で鈴なりになり、モムとデモは、その子たちと手をつないで踊りだした。






リマはおされて、いつのまにか老人の前に立っていた。




「これは・・・。」



「驚いたかな、リマ。」



「ええ。」



「ここは竜のふところと呼ばれる所。幼き竜が育ち、そして旅だってゆく所じゃ。

ここへ入ってきた者は、ひとに限らず竜以外のすべての生き物で、お前たちが初めてじゃ。」





「じゃあ、この子供達は、みんな小さな竜なんですか。」




「あたりまえだい。ちっこくたって、おれたちも竜だ。」



人間にすれば、二、三才の子供は、そういうと口から小さな火を吐いた。



それはほとんどランプの炎くらいで、すぐに消えてしまった。





まわりの子供達がどっと笑い、リマと老人も笑った。






「リマよ、タルナスは元気か?」



「たぶん。タル・エッサ・ロムを出てから、お師匠さまには会っていないんです。」



「そうか、かわいそうなやつじゃが、それももうすぐ終ろう。」






「かわいそうって、お師匠さまが、ですか?」





「お前の気にするところではない。これからどこへ行く?」







「ゴルの門へ。」






「なぜ、こんな所へ迷い込んだのじゃ?」






「巨人に連れ去られたのです。」



「やつらはいつも腹をへらしている。よく逃げられたな。」





リマは自分でも不思議なほど、すべてを素直に話していた。



言わない方がいいのではないかとか、この人は誰だろうとか、そんなことは心のすみにも浮かんではこなかった。





「今日はここで休むがよい。

生きとしいける者すべての、いや、この世界のすべてが、お前にかかっているのかも知れない。

善悪を越えた所、世界の存在ということが、危うくなってきているのかもしれんな。



ゴライアスが、必死になるのもうなずける。



わしがやつなら、同じことをするじゃろう。



リマよ、お前は世界がどうなっているのか知っておるかな?」






「いいえ、叡智とは、知って良い事と、知ってはならぬことの境を知ることだ、と教えられました。」






「確かに世界を知ることは、ひとの叡智ではない。

しかし、お前はそれに深く関わっているんじゃ。




よいか、この世界は、大きな空の中に、ぽつんと浮いておる。

そしてそのまわりを太陽や月、そして星々が回っておる。

ただ、この世界も、大きな大きな目から見れば、たった一つの粒にしか過ぎないんじゃ。


そして、この世界と同じような粒が集まって、また大きな世界ができておる。


それはたとえば、ぶどうのようなものよ。


わしらの世界は、ぶどうの中の一粒にしか過ぎん。



そしてそれは、わしらの世界、言ってみればお前とわし、それもみんな、世界の粒でできておる、ということよ。



お前が火傷をしたとする。



その時には、お前を造っている世界、お前という、ぶどう全体の中の一粒の世界が、その火傷によって破滅したことを意味するんじゃ。





逆もあるじゃろう。




もし、この世界が闇に飲まれてしまったら、わしらの世界の一粒から、もっと大きな世界が壊れてしまうこともな、ありうるんじゃ。




そこには時も、空間もない。」










「ぼくにはよくわかりません。むずかしすぎます。

ただ、一つの世界が壊れると、次々に他の世界が壊れてゆく、それは何となくわかるような気がします。」





「よいのじゃ、それだけわかれば十分よ。また、忘れてしまってもかまわんしの。」




「ごめんなさい。」




「あやまることはない。わしとて、どこまでわかっておるのか聞かれれば、あやしいもんじゃ。」




「きょうはもう休むがよい。どこにでもころがれば、好きなだけ眠れよう。」








言われるまでもなく、リマは不思議な眠気におそわれて、木陰に横になると眠り込んでしまった。










目を覚ますと、最初に会った少年がいた。





リマは横になったまま、緑一色の少年にむかって微笑んだ。



少年もほおづえをつきなが ら、にっこりと笑った。




「何をしてるの?」



リマが聞くと、少年はただ、「うん。」とだけ答えた。






「うん、だけじゃわからないよ。」


「変なの。」


「何が?」





「ここに、ぼくたちの仲間以外がいるなんて初めて。君は人間なの?」



「そうだよ。君は本当に竜なの?」


「うん。小さい頃は、みんな色を持っているんだ。ぼくは緑竜だよ。」




「じゃあ、おじいさんは赤竜なんだね。」




「うん。でも、じっちゃんのは、めずらしんだ。ふつう、じっちゃんくらいになれば、七色になって、もとの色は消えるんだけどね。」






「そうなの。そう言えば、竜ってみんな、人間の姿に変われるの?」




「そうだよ。それくらい、みんな知ってると思ってた。」








「よく眠れたかな?」



リマは起き上がって、返事をした。




「はい。」




「このぼうずが、つまらんことを聞いて、困らせておったのではないかな。」



赤いロ−ブの年寄りは、そう言ってリマの隣に腰を下ろした。




「そろそろ、お前たちを送っていこうかと思っとる。」




「お願いします。」



「じっちゃん、このひとたち、もういっちゃうのかい?」



「人とは、同じ所にいられんように、できているものなんじゃ。」



「つまんないの。」






「ではリマ、仲間を集めるがよい。みんな思い思いのところに眠っていよう。そろったらわしが送ってゆく。」




リマは頭を下げてから、まわりを見まわした。





ズナゴムは壁に寄りかかって眠っていたし、モムとデモはティリオンの翼の下で、何人かの竜の子たちと、一緒に横になっていた。







「お−い。」





リマはそこまで見ると、手を振って駆け出した。










真ん中に生えている大きなの木の前で、リマたちはたたずんでいた。



老人の命令で、少年たちはなごりおしそうに手を振りながら、とんがり小山の扉の中に消えていった。




赤いロ−ブの老人だけが、木の幹に手をかけて、リマたちの前にたたずんでいるのだった。





「そろそろお願いします。」



リマは言った。






「そうじゃの、ではいくか。」



「おじいさん、またその木の中に入ってゆくの?」




モムが聞くと、老人は笑って首を振った。





「あれは入って来る時だけ、外には出られないんじゃ。」




「じゃあ、どうやってここから出るのさ。」



デモが驚いたように叫んだ。







「ここから出られる道はただ一つ、これじゃ。」





老人はそう叫ぶと、大きく息を吸い込んで、両手を空にかざした。



すると、光の中に稲妻が走り、老人を取り巻いたかと思うと、大きな光の柱となって、あたりは一瞬真っ白になった。







「竜だ!」





リマたちの前には、赤い、大きな竜が宙に浮かんでいた。







「わしの背にのるんじゃ。」





赤い竜はそう言うと、手を差し出してみんなをすくい上げ、自分の背中にそっとのせた。




「いくぞ。」



声とともに竜は舞い上がり、東にむけて飛びたった。










竜の乗り心地は、恐ろしいものだった。







身体のまわりには絶えず稲妻が光り、うろこはつるつるで、いつ落ちるとも知れなかった。




リマとモム、それにデモは背中のとげにしがみつき、ズナゴムは片手でティリオンの身体を抱え、もう片手で翼の付け根につかまっていた。





下をのぞくと、竜のふところと呼ばれる場所がだんだんと小さくなり、見渡すかぎりの荒野に変わってゆくのだった。







速さはペガサスとは比べものにならないくらいに早かった。





空になれているはずのティリオンで さえも、飛んでいる間、一言もしゃべらなかった。






リマは何とか身体を前に動かすと、竜の耳元で叫んだ。




「どこまで乗せていってくれるのですか。」



「なんじゃ?」



「どこまで行くのですか?」






「決まっておろう。お前たちの目的地、ゴルの門よ。」





リマは大声でありがとうと言ったが、それは竜には聞こえなかった。





「さっきは言い忘れたがの、岩巨人の谷を越えると、そこは人食いおおかみと、ゴブリン鬼しか住んでおらん。

それも、歩いたら一月、ペガサスで飛んでも、一週間はかかるじゃろう。


それにしても、眠る時に地上に降りれば、ずいぶんと危ない目にもあったじゃろうしな。

わしに乗れば、迷わなかった時よりも、大分早く着くはずじゃ。」





その後の笑い声は、ごうごうという風の音に消えていった。





三日の間、一度も休まずに、竜は飛び続けた。





もうすぐじゃ、と言いながら、速度は落ちるどころか、ますます早くなってゆくようだった。






不思議なことに、リマたちは眠くもならず、おなかも空きはしなかった。













三日目の昼過ぎ、黒々とそそり立った山々が、リマたちの前に姿をあらわしていた。





「あれが東の果ての山々、中央にひときわ高くそびえるのが、エッシャの柱、ゴルの門はあのふもとじゃ。」




リマたちがよろよろと竜から降り立ち、もはや、その高さすらわからない山々のふもとに腰を下ろしたのは、

日もとっぷりと暮れてからだった。






「今夜は、ゴルの門に入らん方がよい。わしも一晩、いっしょにおろう。」





竜の側で、みんなはランプの明りを囲んで座っていた。






「だけど、ぼく少しも眠くなかったし、おなかだってすかなかったよ、本当だよ。」




モムが不思議そうに言うと、ズナゴムもうなずいた。






「おらも、おなじだ。」




「それはな、竜のふところで、一晩眠ったせいなんじゃ。

あそこには、強い力があふれておる。それは、わしも知らない強い力じゃ。


それこそ、生きている者には知ることあたわぬ、大地の力なんじゃろう。」





「なんだかおいら、ひさしぶりに、眠くなっちまったよ。悪いけど、寝るよ。」




デモはそう言って、大きなあくびをひとつすると、ごろりと横になって、すぐに寝息をたて始めた。






「みんな、寝て下さい。今日は私が、寝ないで番をしますから。」




「わしも起きていよう。心配せずに、休むがよい。」






竜とペガサスがうなずくのを見て、リマたちは眠りについた。









リマが寝転んで空を見上げると、細い三日月の前を、黒い雲が流れてゆく所だった。




竜とペガサスの話し声が、静かに夜に溶け込んでゆき、リマは毛布を引き寄せて寝返りをうった。

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