十一.
森の中は外から見ていたほど、歩きにくくはなかった。
木は真直に上にのび、根っこは地面の下にかくれていた。
リマは、これなら今日一日でかなりの距離をかせげるな、と思い初めていたし、ズナゴムはそれこそ歌でも歌いだしそうに浮かれていた。
「ここはいい森だ。おらあ生き返った気がするだ。やっぱり森はいいなあ。」
何事もなく、一行はしばらく森の中を進んでいった。
頭の上では小鳥がさえずり、どうしてここが恐ろしい森なんだろうと、みんなが考え始めた時だった。
いきなり小鳥たちが飛び立ち、目の前を大きな茶色い影が横切った。
「誰だ!」
リマが叫ぶと、ズナゴムはこんぼうをにぎって前に進み、モムはそのかげに隠れた。
ティリオンは前足を上げていなないた。
茶色い影はリマたちに気付くと、立ち止って振り向いた。
それは大きなおおかみだった。
口に何か白いものをくわえ、おおかみはこっちをじっとにらんでいた。
正体がわかると、ズナゴムはほっとしておおかみに近づいた。
「おどかすんでねえ。」
そう言ってズナゴムが一歩進むと、おおかみは相手が悪いと思ったか、逃げようと飛び上がった。
「逃がすか。」
ズナゴムとは思えぬ速さで、腕をのばすと、その手はおおかみの尻尾をつかんでいた。
おおかみは、あわててその手にかみつこうとしたが、こんぼうで軽く、こん、と殴られると、キャインといって逃げだした。
その時、口にくわえていたものは落ち、ズナゴムの足下に転がった。
何やらふわふわした白いものを、こわごわとつまみあげて、ズナゴムはリマに言った。
「こらあ、うさぎっこだよ。何だか、けがしてるみてえだ。」
こんぼうを脇にはさみ、両手にうさぎをのせると、ズナゴムはそれをそっと差し出した。
「ほんとうだ。だいぶ弱ってるみたい。」
背伸びしながら、大きなてのひらをのぞきこんで、モムが言った
。
「よし、何とかしてみよう。」
リマはリュックの中をかきまわしていたかと思うと、小さな箱を取り出した。
そしてその箱から、小さな塗り薬を取り出すと、うさぎの傷にそっとすりこんだ。
うさぎはリマの指が傷にさわると、驚いて逃げようとしたが、優しくなだめると、おとなしくされるままになっていた。
包帯をまき終ると、うさぎはしばらくじっとしていたが、ぴょんと跳ねると茂みの中へ消えていった。
「リマ、あのうさぎ、大丈夫?」
「けがは思ったほどじゃなかったよ。あの塗り薬は、お師匠さまの特製だからね、きっとすぐ、もとどおりになるよ。」
「よかっただ。」
「さあ、先を急ぎましょう。おおかみ以上に危険な者が、出て来ないとも限りませんから。」
リマは顔を引き締めてうなずいた。
ズナゴムはモムをすくい上げ、自分の肩に乗せると、大またに歩きだした。
森は果てがないようだった。
のんびりした景色は夕方になっても変わらず、しまいにみんな、同じところをぐるぐる回っているだけなんじゃないかと思い始めていた。
「ねえ、ズナゴム、もうそろそろ森も終るんじゃない?」
「わからねえ。ただずいぶん歩いたちゅうことだけは確かだがなあ。」
「もしかしたら、ぼくたち同じところを回っているだけなんじゃないかな。」
モムが心配そうにティリオンに聞いた。
「わかりません。太陽がはっきり見えればわかるのですが。」
「どうだろう、ティリオン。何か目印をつけていけば、回っているかどうかわかるんじゃないかな。」
「そうですね。でも、もう日が暮れてきましたよ。
目印をつけるのは明日からにして、今日の寝床を捜すのが先でしょう。
今日はいやに静かすぎました。夜が心配です。」
ティリオンの言葉にうなずいて、何気なく上を見ると、さっきまで木々の間から差し込んでいた夕日が、白くぼやけていた。
「霧だ。」
みんなが不安な顔つきであたりを見まわすと、夕日が落ちるのよりも早く、まわりをミルク色のもや包み始めていた。
「ランプを。」
ティリオンの言葉に、ズナゴムはあわててランプを取り出した。
「リマ、どうもこの霧はおかしい。今日はここで野宿しましょう。こんな時、へたに歩けば迷うばかりだ。」
太い木の幹に寄りかかって、少しばかり食料をかじると、4人は交代で眠りについた。
霧は晴れるどころかいっそう濃くなり、リマのまぶたが合わさる頃には、隣にいる者の顔さえもわからなくなってしまっていた。
「リマ、朝です。とにかく出発しましょう。」
目を開けると、ティリオンの顔がそこにあった。
「はぐれてしまうといけません。昨日の包帯を出して下さい。」
ティリオンは顔をすりつけるようにしてそう言うと、モムの小さな顔とズナゴムの大きな顔が、いきなり目の前に現れた。
「こんな事、おらあ初めてだ。よくねえことだぞ、こりゃあ。」
「リマ、リマ、早くここから出ようよ。」
リマはみんなの顔を順番に見ると、急いで包帯を取り出した。
「私のしっぽに結んで下さい。そしてその端をズナゴムが持って。
モムはズナゴムの肩に乗れば迷う事はないでしょう。リマはその中間を持って下さい。」
みんな手早くティリオンの言う通りにすると、そろりそろりと、白い闇の中へ歩きだした。
顔も見えない仲間との、唯一のつながりとしては、包帯は細く、心許なかった。
太陽の光はなく、常に目の前はまっ白い霧だけだった。
自然とみんな無口になり、前の者の足音だけが、やけに大きく聞こえた。
食事もそこそこに歩き回るうちに一日が終り、眠りから覚めると、また白一色の一日がくりかえされた。
ティリオンがおやすみのかわりに、明日はきっと晴れていますよ、と言って三度目の朝、リマは決心したように言った。
「ティリオン、今日は飛びましょう。」
ティリオンは悲しげに首を振ったが、それは誰にも見えなかった。
「ねえ、このままじゃ、どうなっちゃうかわからないよ。」
後ろの方でモムの声がすると、ティリオンはやっと口を開いた。
「やって見たんですよ。みんなが眠っている夜にね。だめでした。
木の枝は、私どころかモムでさえすりぬけられないくらいに、頭の上をおおっているのです。
鼻先でかきわけようとしても、とても動かせるようなものじゃないんです。」
「せめて、方角でもわかれば。」
列の真ん中で、リマががっかりした声でつぶやいた。
そのまま歩き続けるだけの一日が終り、白い霧は漆黒の闇に変わっていた。
ティリオンが立ち止って、今日はここまでにしようと言いかけた時、モムの突拍子もない声が聞こえた。
「ちょっと、ちょっと、あれ、明りじゃない?」
「ほんとうだ。うほうい、やっと真っ白なとこから抜け出したぞい。」
ズナゴムの、それこそ踊りだしでもしそうな声がそれに続いた。
リマは目をこすって前を見たが、明りどころか、月さえも見えなかった。
「モム、どこに見えるの?」
「私にも見える。ほら、リマ、左の前の方ですよ。」
ティリオンの声もはずみ、握っていた包帯が急に前にいったかと思うと、リマは引きずられてよろめいた。
「大丈夫だか?」
リマを後ろから支えてくれたのは、ズナゴムだった。
モムがその肩で足をぶらぶらさせながら、笑って前を指差した。
モムの指さす方を見ると、そこは高い壁になっており、その壁の上には赤々とした明りが、連ねられていた。
そこでは霧がいくらか薄くなっているようで、壁の後ろにいくつもの高い塔が、ぼんやりと浮き上がっていた。
「どこかに入り口があるはずです。ぐるりと回ってみましょう。」
弾んだ声でティリオンが言うと、ズナゴムはリマを抱えて声の方へ駆け出した。
「ズナゴム、おっこちちゃうよ。」
モムの声でズナゴムが立ち止ったのと同時に、壁の上から声が聞こえた。
「そなたたちは何者じゃ?星々の宮殿に、何用があってまいった?」
その声は聞こえると言うよりも、空気に響いて伝わってきた。
しかし、誰も声の事など気にしてはいなかった。
ティリオンはリマを振り向き、リマは壁の上を見つめ、モムとズナゴムは顔を見合わせた。
みんなの頭にあるのはただひとつ、星々の宮殿という言葉だけだった。
リマは顔を上げ、姿の見えない相手に言った。
「お教え下さい。ここは星々の宮殿なのですか。」
「そのとおりじゃ。そなたたちは迷いの道に入ったとみえる。ここは東の果て、星々の宮殿、そしてわらわは星々の司じゃ。」
ティリオンはリマをちらっと見ると、声を張り上げて呼びかけた。
「お願いです。私たちを中にお入れ下さい。」
「そなたたちは、ここに用があって参ったのか。」
「はい。」
リマとティリオンは同時に答えた。
「よかろう。」
声と共に、目の前の壁がかげったかと思うと、そこに大きな門が口を開けていた。
「今まで門なんかなかったのに。」
モムがズナゴムから落ちそうなくらいに身体を乗りだして、目を丸くした。
「入るがよい。」
もう一度不思議な声が聞こえた。
「入ろう。」
リマを先頭に、一行はその不思議な門をくぐっていった。
「リマ、よかったね。こんなに早く着くとは思わなかったよ。」
「うん。」
リマは短くそう答えただけだった。
「どうしちゃったの?これで生き物の司さまの使いも・・・」
「モム、黙って。」
ティリオンは強く言うと、小走りに走って、リマと並んだ。
「ティリオン、ここは本当に星々の宮殿なんだろうか。」
「わかりません。でも、あの霧の中をぐるぐる回っているよりは、いいと思います。」
「そうだね、それにあの星々の司だと言う人に会えば、もっと何かわかるかも知れない。
それにもしかしたら、ここが本当に星々の宮殿かもしれないしね。」
ひそひそと話すうちに、4人は高い壁の中、大きな城の中庭に出た。
中庭の真ん中には大きな噴水があり、その向こうに高い塔が、その頂上を霧にかすませてそびえ立っていた。
壁や塔はすべて薄い茶色をしていて、それが石で出来ているのか、
それとも何か他の材料でできているのか、リマたちにはわからなかった。
動くものは何もなく、自分たちの影だけが、頼りなくほのかな明りにゆれていた。
正面の扉を抜けて城へ入ると、そこは大きな広間になっていた。
壁から張り出した燭台には、ろうそくが燃え、その光を受けて、ズナゴムのペンダントはきらきらと輝いた。
突然ばたんと音がして、入ってきた扉が閉まると、広間の奥に光がともった。
「ようこそ、星々の宮殿へ。」
広間の正面、太い柱と柱の間に、少し奥まって、ろうそくの光もとどかない暗がりがあった。
そこが黄色っぽい光に満たされ、大きな椅子には、白いだぶだぶの服を着た年寄りが、うずくまるように腰掛けていた。
「ようこそ、使いの衆よ。」
「突然お訪ねして、申し訳ありません。旅の途中で白い霧に迷ってしました。こちらは星々の宮殿なのですか。」
リマは老人の目を見つめ、ていねいに聞いた。
「そうじゃ。ここは星々の宮殿、星が集い、そして旅立つところ。そしてわらわは星々の司よ。」
「わらわ、と申しますと、星々の司さまは女性でいらっしゃいますか。」
ティリオンがその長い首をかしげながら聞いた。
「そうよ。わらわはその昔、すべての騎士のあこがれであった。
今ではこんなになってしまったがのう。それよりもそなたたち、空腹であろう。今、食べ物を用意させよう。」
星々の司が、軽く二回手をたたくと、左右の扉が開き、
左からは粗末な皮の服を着た男がテ−ブルを持ち、右の扉からはこげ茶色のマントを頭からかぶった、
男か女かわからない、すんなりとした者が、食事を捧げ持って入ってきた。
「急の事なので、何も用意は出来なかったが、ゆっくりと食べるがいい。」
「でも・・・。」
リマの言葉も聞かずに、ただよいよい、と言って星々の司は、食卓につくようにすすめた。
リマとティリオンはそれ以上何も言わずに、黙って座った。
モムとズナゴムも、ふしぎそうな顔をして、それに従った。
食事は豪華なものだったが、何か味気なく、みんなはただ、もくもくとスプ−ンとフォ−クを動かすだけだった。
星々の司が、ただ一人、にこにことみんなの顔を見ては、うなずいていた。
食事が終り、みんなが食べ終ったのを見ると、誰かが何か言うより早く、星々の司は立ち上がって言った。
「皆、疲れておるじゃろう。さっそく寝所に案内いたそう。」
テ−ブルを運んできた男が先頭に立ち、みんなは星々の司に一礼すると、その後について行った。
広間の左の扉を出ると、長い廊下が続いていた。
そこをしばらく歩くと、扉に突き当たり、男はその前で立ち止ると、一言、こちらです、と言った。
リマたちはまた、黙って一礼すると部屋に入った。
部屋は広間と同じ薄茶色の壁で、ベットが三つと、まぐさが積んであった。
「何かよくない予感がするんだ。」
足音が遠ざかるのを扉ごしに聞いてから、リマはティリオンに言った。
「ええ。私も同じです。ここが星々の宮殿じゃないのは確かでしょう。」
「でも、ここが星々の宮殿ではないとしたら、なぜぼくたちが星々の宮殿を目指している事がわかったんだろう。」
「そうです。それにわたしたちが入ってきた時の言葉を覚えていますか。
あの老人は私たちの事を、使いの衆と呼んだのですよ。
私たちの目的を知らなければ、あんな事は言わないはずです。」
「あの方は、星々の司様じゃないんだか?」
ズナゴムが不思議そうな顔できいた。
「多分違うと思うよ。それにもしかしたら、あの霧だって、ここに来るようにつくられたのかも知れない。」
「そんなこと出来るの?魔法ででもなきゃ、そんな事・・・。そうだ、リマ覚えていない?
ギスクさんとダスクさんの言ってた事。
森の魔女に気を付けろって。あのおばあさん、もしかしたら魔女なんじゃない?」
「モム、いい所に気がついた。」
そう言ってからティリオンは、リマに向き直って続けた。
「リマ、モムの言う通りです。
魔女なら何かの方法で、私たちの目的を探りだせるだろうし、霧を使って私たちを、ここへおびき寄せることができるでしょう。」
「でも、一体、何のためにそんな事を。」
「それはわかりません。
しかし、どんなに歩いたといっても、東の果てまで歩いているとは思えないし、
生き物の司も言っていたでしょう、星々の宮殿に入る道はただ一つ、ゴルの門をくぐるのみ、ってね。
食事の前だって、何か質問されないように、私たちが何か言いだすと、すぐにさえぎったでしょう。
あれはにせものだってことが、わからないようにしていたんですよ。」
「そうだね、ここが星々の宮殿じゃない事は間違いないだろう。一体、何が目当てなんだろう。」
「決まってるじゃないか、リマ。リマの持っている石だよ。それを横取りしようとしてるのに、決まっているじゃないか。」
モムは手を後ろにくんで、リマの回りをぐるぐる回った。
「それに、あの悪いやつ、そうだ、バルカって言ったっけ。あいつに、頼まれたのかも知れないぞ。」
「ちょっと待ってよ、モム。
さっきの食事の時に、ぼくはあの人の顔を、じっと見ていたんだ。
あの時の顔に、そんな悪い心は見えなかったよ。」
「リマもモムも、そんな話は後にしましょう。
今一番大切な事は、この城から、それにあの霧から、どうやったら抜け出せるかという事です。
もし、悪意があったら、この扉さえ、開かないんじゃないかと思いますよ。」
ティリオンの言葉に、リマはうなずいた。
そ
して、そっと扉に近づくと、その把手に手をかけた。
「開かない!」
みんながいっせいにティリオンを見ると、ティリオンは予想していたように、小さくため息をついて言った。
「やはりあの老婆は、私たちを捕らえたかったのでしょう。それが、何のためかは別にしてね。」
「壁をぶちこわしたらええだ。」
ズナゴムがこんぼうをつかんで、壁をにらみつけた。
「やってみて下さい。」
ズナゴムは思いっきりこんぼうを振り上げると、壁に向って振り下ろした。
がつん、と鈍い音がして、それからごろんとこんぼうの転がる音がした。
ズナゴムは、こんぼうを持っていた手を押えて、あっけに取られていた。
「ズナゴム、大丈夫?」
リマとモムがズナゴムに駆け寄った。
「心配ねえだ。ちょっとしびれちまっただけだよ。
だども、こりゃあふつうの壁じゃねえだ。おらが思いっきり叩いても、キズ一つできねえ。」
「こんなことではないかと思いました。これで、私たちは、完全なとりこというわけですね。」
「ねえリマ、ぼくたちどうなるんだろう。」
モムがほとんど泣きそうな声で、リマにしがみついた。
「大丈夫。きっと何とかなるさ。ぼくたちを殺そうというんなら、城に入ってきた時に、どうにでもできたはずだよ。
今、元気なところを見れば、食事に毒が入っていたわけでもなさそうだしね。」
「ええっ、毒!」
「たとえばの話だよ。さあ、今日は寝よう。しかたのない時は、寝るのが一番だよ。」
「リマの言う通り。相手が明日どうでてくるか、それによって考えてもいいでしょう。
今は身体の疲れを取るのが、何よりも先です。私が番をしています。ゆっくり休んで下さい。」
「いや、順番で番をしましょう。ティリオンも少し寝なくちゃ。」
「私たちペガサスは、普通でもそんなに寝ないんです。心配しないで、ゆっくり休んで下さい。」
リマはひとこと、ありがとう、と言うと、
ベットにもぐりこんだ。
リマはその晩夢を見た。
星々の司と名乗る老婆が、リマにいろいろなことを尋ねていた。
リマは夢の中で、微笑みながら、ただ首を振っていた。
不思議な事に、老婆を少しも恐ろしいとは思わなかったし、それどころか、なぜか、かわいそうだとさえ感じていた。
老婆はやがてうなだれると、とけるように消えてしまった。
夢はそこで終り、あとは夢すらも見ない、深い眠りがおとずれたのだった。
「リマ、朝ごはんの支度ができたそうですよ。リマ、起きて下さい。」
リマは、はっと目を開けると、ティリオンがやさしい眼ざしで、リマを見つめていた。
「おはよう、ティリオン。」
「こんな時にぐっすり眠れるとは、大したものです。それは大切な騎士の条件なのですよ。
ところで、昨日の男が、扉の外で待っています。すぐに行かれますか。」
「ええ。」
「どうやら、私たちを、ここに閉じ込めておく気ではないらしいですね。」
ズナゴムとモムは、もう扉のそばにたって、リマを待っていた。
「行こう。」
昨日と同じ広間に、食事は用意されていた。
星々の司と名乗った老婆は、リマたちが来ると、手を差し伸べて食卓に招いた。
食事は昨日と同じように、無言だった。食事も終りになる頃、リマは思い切って口を開いた。
「今日、私たちは出発しようと思います。」
「ほう、それは急な事。して、どちらへ行かれる?この星々の宮殿が、お気に召さぬかな。」
「昨日の晩、私たちの部屋の扉が閉まっていました。」
「それはそれは。きっと召使いが、勘違いしたんじゃろう。気を付けるように言っておこう。
そんなつまらんことで、旅立とうと思ったのではあるまい?」
「ええ、そうではありません。でも、私たちは、行かなければならない所があるんです。」
「若いうちは急ぐ事が多いもの。いなされ、いなされ、ここにいなされ。」
老婆は、それ以上リマの言葉を聞こうともせずに、席を立ち、扉の向うへ歩きだした。
その時だった。
「おらたちをここから出してくだせえ。」
ズナゴムがいきなり、下に置いてあったこんぼうをつかむと、老婆の前に立ちふさがった。
リマたちが席を立ち、ズナゴムの後を追うと、ちょうど老婆を取り囲む形になってしまった。
「おぬしら、このわしが下手に出れば、いい気になりおって。」
老婆は今までとは、うって変わって恐ろしい顔になり、片手でふところから何かを取り出すと、もう片手を高々と上げた。
「シュリル・クルト・レム・ソ−ク!」
赤い風が巻き起こり、リマたちは一瞬目がくらんだかと思うと、気が付いた時にはベットのある部屋に立ちつくしていた。
一番先に口をきいたのは、ズナゴムだった。
「すまねえ。おらのせいだ。つい、かっとなっちまってよ。」
「気にする事はないよ。いずれこうなる事だったんだから。」
リマの言葉も耳に入らないように、ズナゴムはうなだれた。
「いや、本当ですよ、ズナゴム。
これであの老婆が星々の司ではない事、私たちをとりこにしておきたい事が、はっきりしたんですからね。」
ティリオンにもそう言われて、ズナゴムはやっと顔を上げた。
「さて、これからどうしよう。」
リマはみんなを見回して、腕を組んだ。
それから二日間、わずかな水とパンが、扉についている小さな窓から差し込まれただけで、
老婆は顔も見せず、もちろん扉は開かなかった。
ズナゴムがこんぼうで扉を叩いても、扉はびくともしなかったし、
モムは王の金槌で扉を開けようとしたが、それも役には立たなかった。
三日目の夜の事だった。
何か大勢の者が行進しているような足音が聞こえてきた。
そして、足音はだんだん近づいて来ると、扉の向こうで止まった。
「白きうさぎを助けた方は、この部屋におられるか。」
それはこの城に来て初めて耳にする、太くてはっきりとした声だった。
何が起ったのかわからずに、みんなが顔を見合わせていると、今度は数えられないくらい、多くの声が呼びかけてきた。
「やさしきお方は、どこにおる?」
「白いうさぎを助けてくれた、旅のお方はどこじゃろう。」
「大きなお方はどこじゃ。」
「小さなお方はどこじゃ。」
「わしらは助けにやって来た。」
厚い扉を通しても、廊下に響き渡る声が伝わってきた。
「あれ、ぼくたちのことを、言ってるんじゃない?」
「うん。」
モムにそう答えてから、リマは息を大きく吸い込むと、扉のむこうに向って叫んだ。
「ぼくはここだ。ここから出してくれ。」
突然がやがやと、扉の向こうがざわめいたかと思うと、最初と同じ声が聞こえた。
「こちらだ、こちらだ。皆の衆、こちらの部屋にいらっしゃる。」
どたどたという音がすると、何かを打ちあてられたように、扉がどんどんとふるえた。
「魔法なんかは怖くないぞ。」
「おれたちにゃ、魔法はきかないぞ。」
「それ、打ち破れ。それ突き抜けろ。」
リマたちが見守る中で、扉は大きくたわんだかと思うと、ボンといってはじけ飛んだ。
後に扉は跡形もなく、それどころか回りの壁も消えてしまっていた。
そこは汚い小屋の中で、屋根からは所どころ空がのぞき、
たったひとつの入り口には、手に手に赤みがかった銀色の斧を持ったドワ−フたちが、あふれかえっていた。
「開いたぞ、開いたぞ。」
「魔法なんか破ったぞ。」
ドワ−フたちは口々にわめき立てて、リマたちを取り囲むと、斧を下げて静かになった。
「ありがとう。」
リマはドワ−フたちを見回して言った。
「いやいや、礼などにはおよびませんぞ。」
最初と同じ太い声がすると、ドワ−フたちはさっと二つに分かれて道をあけ、
そこから斧の代わりに杖をついた年寄りドワ−フが現われた。
「あなたが長なのですね。」
「ほいほい、そのとおり。じゃが、こんな所でおしゃべりしてる暇はありませんぞ。とにかくついていらっしゃれ。」
リマは振り返ってうなずくと、年寄りドワ−フの後について行った。
扉を出ると、ドワ−フたちは四人を守るように取り囲み、油断なくあたりを見回した。
そこに廊下はなくなっていた。
いや、城自体が跡形もなく消えてしまい、リマたちが出てきたのは薄汚れた小屋だった。
近くにはもうひとつ、少し大きめの小屋がたっていたが、
それすら城と呼べるような代物ではなく、壁にいたっては木の塀すらもなくなっていた。
そして天気は快晴で、こもれ日が地面に複雑な模様をかき、ちらちらと揺れていた。
「お城が消えちまっただ。」
「それに霧もなくなってるよ。」
モムとズナゴムが、きょろきょろとあたりを見回すと、年寄りドワ−フが笑いながら言った。
「森のばばあのめくらましですじゃ。さ、こんな所に長居は無用、行きましょう。」
「森のばばあって、一体誰なんですか。」
ドワ−フがリマの言葉に答えようとした時、後ろで金切り声が聞こえた。
「あれがその本人、森のばばあ、魔女のデラですじゃ。」
「この泥足ドワ−フどもが、わしのお客をどこへ連れて行こうと言うんじゃ。」
大きめの小屋から走り出してきたのは、星々の司と名乗った老婆だった。
「お客が聞いてあきれるわい。
どうせお前の事、またくだらん魔法の実験台にでもしようというんじゃろう。この方たちは孫の命の恩人じゃ。
わしらの村にお連れする。」
年老いたドワ−フは、はっきりとそう言うと、もう前を向いて、歩きだそうとしていた。
「ちょっと待って下さい。あの人に聞きたい事があるんです。」
リマはそう言うと、森のばばあ、魔女のデラに話かけた。
「どうして、ぼくたちを捕まえたのですか。」
「おお、そなたはリマじゃな。
捕らえたなどと、わらわはそなたを客人として迎えたかっただけなんじゃ。
行かないでおくれ。
とじこめた事はあやまろう。
ここ十年がとこ、わらわは人には会わなんだ。
そなたたちが森に入って来るのを、水晶球で見つけた時、わらわの側にずっといてもらいたいと思ったんじゃ。
それで霧をおこし、ここに来るように仕向けたのよ。」
「じゃあ、なぜ星々の宮殿とか、星々の司とか言ったのですか。」
「森でさまよっている時に、お前たちの夢の中をちょっとのぞかせてもらった。
その時、コボルトの夢に、何度もその二つが浮かんでいたんじゃ。
そして、そこへ行こうとしていることもな。
ここまで本当の事を話したんじゃ、な、もうずっととは言わん。二、三日で良いからここにいておくれ。」
リマは困った顔で、ドワ−フと仲間たちを見た。
ドワ−フは振り返って首をふった。
「確かにこいつは、嘘をついておらんかも知れん。
魔女のくせに、淋しがりやな事も確かじゃ。
じゃが、もしあなたがたが、どこかへ行かなければならないとしたら、
デラの小屋に留っておっては、一生目的は達成されますまい。」
ドワ−フの言葉にみんながうなずき、リマは悲しげな目でデラを見つめた。
「あなたが星々の司ではない事、ここがその宮殿でない事はわかっていました。
でも、あなたはなぜか、危険な感じがしなかったんです。
今、話を聞いたら、少しでもいてあげたくなりました。
それは本当です。
ただ、あなたも知っている通り、ぼくたちには果たさねばならない、大切な役目があるんです。
わかって下さい。すべてがいい方に終って、その時もしぼくが生きていたら、必ずまた会いに来ます。
さようなら。」
リマは膝をつき、うずくまるデラの手を優しく握りしめると、立ち上がって歩きだした。
「リマ、待たれよ、」
デラはうつむいていた顔を上げてリマを呼び止めた。
「お前はやさしい子じゃ。
こんなばばの言葉を、良く聞いてくれた。
ありがとうよ。
このばばとて、お前がここにいられん事はわかっていたんじゃ。
だからめくらましをかけたのよ。
じゃが、もうそれはあきらめた。
ただ、お前のやさしい言葉に、一つお返しをしたいんじゃ。」
「お返しなんていいんです。結局、あなたをがっかりさせることしか、できなかったんだから。」
「いやいや、わしは永い事ここに住んでいる。
魔女と言えば、誰からも毛虫のように嫌われ、姿を見れば逃げられた。
まともにわしに話しかけたのは、お前でたった二人目じゃ。
一人目は何を迷い込んだか、竜騎士じゃった。
そう、もう十何年か前になるが。」
「もしかしたら、その人はタラスというのではなかったですか。」
リマは急に駆け戻ると、くいいるばかりにデラを見つめて聞いた。
「そう、そうじゃ、確かに竜騎士はタラスと言った。
もう一人の仲間と、はぐれてしまったとかで、わしの小屋に立ち寄ったんじゃ。」
「どうせそれもまた、お前さんの悪さでじゃろう。」
ドワ−フがからかい気味に言うと、デラはリマの顔を横目で見ながら、首を振った。
「何を言う、そやつは本当に森に迷ったんじゃ。わしは助けてやったんじゃ。」
「タラスは私の父なんです。」
「なんと。そういうことだったのかい。
ならばなおさら、わしの言葉が必要じゃろう。
タラスにも、わしは教えてやったんじゃから。
よいか、よく聞いてくれ。
今はわからなくても、先できっと役に立つ。
それはこうじゃ。
ゴルの門をくぐり抜ける時、赤の通路は右へ、青の通路は左へ、そして白の通路は真直に進め。
ただ、門の主を避けて通る事はできんがの。
さあ、ゆけ。タラスの息子、リマ。
こんなばばあに優しくしてくれて、ありがとうよ。」
「さようなら、デラばあさん。大切な事を教えてくれて、本当にありがとう。」
「さ、行きましょう。」
ドワ−フはリマの前にたって歩き始めた。
「かわいそうなやつですじゃ。」
一人ごとのように言うと、ドワ−フは気を取り直してリマに聞いた。
「失礼じゃが、あなたが竜騎士タラス殿のご子息とは、まことかな。」
「はい。ぼくはタラスの息子リマ。
そして、コボルトはモム、森トロ−ルはズナゴム、ペガサスはティリオンといいます。」
「これは、これは。申し遅れましたな。私はドワ−フのドルム、これからお連れする村
の、長老をしておりますじゃ。」
「ドルムさん、まず助けていただいたお礼を言います。どうもありがとうございました。
あの魔女のデラが、いくらかわいそうだといっても、ぼくたち、あそこにとどまっているわけにはいかなかったんです。」
「それは、どなたにも無理ですじゃろう。
あやつの言いなりになっておったら、それこそ一生、あそこで暮さねばならなくなってしまう。
ところで、まあ、これは差し支えなければ、お答え下され。
あなたたちは星々の宮殿を、めざしておられるのかな。」
「もう、デラとの話でおわかりでしょう。今おっしゃった通り、私たちのめざす所は
星々の宮殿なのです。」
ドワ−フは黙って何度もうなずいた。
「わかりました。もうこれ以上何も聞きますまい。ただ、わしの孫はデモといいますじゃ。」
ドワ−フはそれだけ言うと、こちらへ、といって足早に歩き始めた。
その日は一日歩き続けだったが、特別急いだわけでもなく、霧の中を歩き回った事に比べれば、ほんの散歩のようだった。
夜は大きな焚き火をつくり、みんなで輪になって踊ったり、歌ったりして楽しんだ。
しまいにはモムやズナゴムも踊り始め、リマは久しぶりのにぎやかな夜に、心から大笑いした。
次の日の夕方だった。
「さあ、長い事お待たせ致しました。ここがわしらの村ですじゃ。」
長老のドルムはそう言って、低い垣根に囲まれた所で立ち止った。
そして低く口笛を吹くと、垣根が開き、ドルムは中へ入るようにすすめた。
そこには小さな家が、おもちゃのように並んでいた。
赤や黄色の丸い屋根は、育ちすぎたきのこのようで、屋根と同じ色の丸い扉がその下にぽこぽこと付いていた。
「すてきな村ですね。」
リマの言葉に、ドルムはまんざらでもない顔をして、ただ、ありがとうございます、と言った。
「今、迎えの者が来ます。」
若いドワ−フが走ってきて、ドルムに告げると、長老はうなずいてリマたちの先頭に立った。
まわりにいたドワ−フたちは、わらわらとそれぞれの家に駆け戻り、丸い扉にもぐりこんでいった。
それからの光景は、ティリオンさえも目を丸くしたくらい不思議なものだった。
まず、家々の扉がいっせいに開き、そこから数え切れないくらいの、うさぎが飛び出してきたのだった。
そしてそのうさぎたちが、飛んだりはねたりしているうちに、つぎつぎとドワ−フに変わってゆくのだった。
「これは・・・。」
リマは言葉にならずに口を開けたまま、ドルムを見た。
ティリオンはただ目をぱちくりさせるだけ、モムはへえ−っと言ったままだし、
ズナゴムは抱いているモムを落としそうになって、あわてて肩に乗せ変えた。
「これがわしらの村、わしらは古えからの血を、最も濃く残しているドワ−フですじゃ。」
ドルムは誇らしげに、少し胸をはってそう言った。
その時、一匹の白いうさぎがズナゴムの前に来ると、宙返りした。
するとそこにうさぎの姿はなく、肩から白い包帯を巻いたドワ−フがにこにこと笑っていた。
「この前は危ないところ、どうもありがとうございました。」
ドワ−フはおじぎをすると、へへっといたずらっぽく笑った。
「おめえ、あのときのうさぎっこかあ。」
ズナゴムはまだ信じられない顔つきで、そのドワ−フを見、ドルムを見、そしてリマとティリオンを見た。
「おらはデモといいます。でっけえ森トロ−ルのズナゴムさん、あの時は本当にありがとう。」
「こりゃあ、おったまげたなあ。
うさぎっこに変わっちまうドワ−フなんて、おら、見たことも聞いたこともねえ。
そりゃあ魔法かね。」
「いやいや、これは魔法じゃありませんでな、
わしらの一族、つまりこの村のもんだけが、生れながらに身につけている力ですのじゃ。」
デモの代わりにドルムが答えた。
「じいちゃん、大切なお客をこんなとこに立たせたままじゃ、いけないよ。」
デモがドルムのそでを引っぱると、ドルムもそうじゃ、そうじゃと言って歩きだした。
村の真ん中まで行くと、そこは広場になっていて、中心には他のよりも少し大きめの建物がたっていた。
「まあ、家に入るのはちと無理じゃろうが、ここに座ってくつろいで下され。」
ドルムはそう言うと建物の中へ入っていった。
いつの間にか、まわりはドワ−フでいっぱいで、ものめずらしげにティリオンを見あげたり、
中にはズナゴムに登りだす者までいる始末だった。
「リマ、ここを出るまでに、私は何人か踏みつぶしていないことを祈りますよ。」
ティリオンが足元をのぞき込みながら、本当に心配そうに言った。もっと大変だったのはズナゴムだった。
「こりゃ、おめえたち、登ってくるんじゃねえだ。
いてててて。
ひっぱってもなんねえだよ。
なんだ、おめえはモムじゃねえだか、いっしょになって遊んでねえで、助けてくろ。
ほら、登るんじゃねえってば。」
リマたちがそれを見て笑うと、ドワ−フたちも笑いだした。
「さあ、食事のしたくをするんじゃ。」
ドルムが出てきてそう言うと、まわりにいたドワ−フたちは、一瞬のうちにそれぞれの家に消えていった。
「ドルムさん、ぼくたち、ここにそんなに長くはいられないんです。」
「わかっておりますじゃ。しかし、わしも少しお話したい事がありましてな。
まあ、今晩はゆっくりして、明日の朝には森の外まで送らせましょう。」
「ありがとうございます。」
「では早速じゃが、食事のしたくができるまで、少しお話させて下され。」
ドルムは大きな声でデモを呼び、リマたちの前に座った。
「まず、あらためて礼を言いいます。
こいつはまったくわけのわからんやつで、いつも問題ばかり巻き起こしておる。
ほれ、おまえからも礼を言わんか。」
ドルムはデモの頭を押さえつけて下げさせると、話を続けた。
「これからの話は、もしあなたがたに関係のない事であれば忘れて下され。いいですかな。」
ドルムは四人を順番に見回し、四人は黙ってうなずいた。
「この村のはずれに、深い深い、それこそ、この世界ができた頃からあるような古いたて穴がありますじゃ。
わしらはそこに降りて、ある金属を採って暮しておりました。
その金属は、わしらの言葉でジュリム、魔術師が王の鉄と呼ぶものですじゃ。
これはル−ンをはねかえし、すべての金属を従える力を持っております。
それはここでしか採れず、ほんのひとにぎりのジュリムが、山ほどの金と取引されておりました。」
モムがはっと気付いて、ベルトから王の金槌を取り出すと、ドルムはもともと大きな目を、さらに大きくみはった。
「こりゃ驚いた。
王の金槌ですじゃ。
これは昔、わしらの先祖が虹の城の王様に差し上げたと聞きます。
てっきり、城とともになくなってしまったと思っておったが。」
「じいちゃん、これが王の金槌かい?おらにも造れそうじゃないか。」
「ばかもん。これと同じものを造りだす技など、今から何百年も前に失われてしまったわい。
見かけが同じでも、おまえのボロ金槌とはわけが違うんじゃ。」
「それでドルムさん、どうしたのですか。」
「そうじゃ、そうじゃ。つい大変なものを見せられたんでの、話がそれてしまった。
そんなわけでわしらは他のドワ−フと違い、ジュリム以外に掘る事はなかった。
しかしこいつよ。
このデモがとんでもない事をしてくれたんじゃ。
こいつは穴を縦に掘らずに、横に掘っておったんじゃ。
ある時、わしはこいつの持ってきたものを見て、息が止まるほど驚いた。
そのものの名は申しませんぞ。
あなたがたが知っておれば、これだけでわかるじゃろうし、知らねばその名は、口にせんほうがいいからの。
わしは考え、みなにも意見を聞いたが、結局答えは出なかった。
そしてついに考えたあげく、それを生き物の司に託したのですじゃ。
それからのことは、よく知りませんがの。
どうですかな、こんな話に興味がおありかな。」
「ええ、大変。そしてぼくたちは、ドルムさんが考えているとおりの、重荷を背負っているのです。」
「そうでしたか。魔女のデラが、竜騎士の事を言っておった。
わしはタラス殿と、生き物の司のもとでお会いしたんじゃ。
しかし、この森を通ったことはしらなんだ。もともとわしらは、他の者には余り興味をもたんでの。
リマ殿、わしらは手元にそのものがある時、昔の言い伝えやら書物やら、ずいぶん考えた。
そしてその時、直接役に立つかどうかは別にして、大変な事がわかったのです。
これは、生き物の司にも言っておりません。
それはあのバルダルの象が、どうやって造りだされたか、そしてメネラスは、どうやってそれを倒そうとしたか、なのですじゃ。
わしらの先祖は昔、この世に二つと無い、一対の武器を造りだしました。
それは大地の弓と天空の矢と呼ばれ、すべてまじりっけなしのジュリムで造られており、
これを造った細工師の命が吹き込んであったそうな。
今ではそのような技は、我々にはありません。
しかし、その大地の弓に、闇の石から造った絵具を塗り、ル−ンで命を吹き込んだもの、それがバルダルなのですじゃ。
そして、天空の矢に光の石から採れた絵具を塗り、
ル−ンとともにバルダルに放てば、バルダルはもとの弓に戻るという。
しかし、あの賢者メネラスでさえ、その矢を見つけることはできませなんだ。
それゆえ、バルダルは封印されるにとどまったのです。
もちろんわしらも、天空の矢のありかは、わかりませんがの、
古い言い伝えでは、それは邪悪なる者に突き刺さったまま、大地の深くにかくれてしまったと言うことですじゃ。」
ティリオンが一言つぶやいた。
「これは大変な秘密だ。」
「そのとおり、これは大変な秘密ですじゃ。
しかし、わしはそれを今まで隠しておりました。
生き物の司様に、今日言おう、明日伝えようとするうちに、月日が流れてしまったのです。
とりかえしのつかない事にならねばいいんじゃが。」
「ドルムさん、ありがとう。きっと今のお話は、役にたつと思います。手遅れなんかじゃありませんよ。」
「リマ殿、もし生き物の司に会うたら、伝えて下され。
ジュリムの村のドルムじじいが、あやまっておりましたと。
孫はやっかいの種をほじくりだし、そのじいさんは大切な事を隠し、あやまってすむ事ではない。」
「じいさん、そんなにがっかりするなよ。おら、もう変な事はしねえから。」
うつむいたドルムの背をなでながら、デモが泣き出しそうな声で言った。
「ドルムさん、心配しないで下さい。ぼくたち、きっとうまくやります。
だから心配しないで、待っていて下さい。
お孫さんを助けたのも、ぼくたちを助けだしてくれたのも、みんなうまくいく前ぶれですよ。」
リマの言葉に、みんながうなずく顔を見て、ドルムもゆっくりとうなずいた。
それからは、また、にぎやかなお祭りの始まりだった。
朝、目が覚めた時には、まだおもしろい節のドワ−フの歌が、頭の中で響いていた。
小さな包みの食料が、リマたちの前に積まれ、二十人くらいのドワ−フが、旅の支度をして待っていた。
眠い目をこすりながら、食料をリュックにつめていると、ドルムがデモといっしょに歩いてきた。
デモはもう包帯をとり、旅の支度をしていた。
「昨日はよくおやすみでしたかな。」
「ええ。ひさしぶりに、ゆったりとした気持ちで眠れました。ありがとうございました。」
「あれえ、ズナゴムったら、変なの。」
モムの声に振り向くと、思わずドルムさえ笑うのをこらえようとして、下をむいてしまった。
「なにか変だか。」
ズナゴムは何も気付かずに、みんなの顔をぽかんとして見ていた。
「ズナゴム、頭、あ・た・ま。」
へっといってさわったズナゴムのもしゃもしゃ頭は、きれいにゆわいてあって、
小さなリボンが満開の花のように、たくさんくっついていた。
ズナゴムはあわててそれをひきむしろうとしたが、半分くらいとったところで、ため息をついてあきらめた。
「すみませんのう、ズナゴム殿。寝ている間にいたずら者がやったのでしょう。」
ドルムは笑いをこらえながら、あやまった。
「まあいいじゃないか、残りは旅のうちに自然にとれるよ。それにけっこう似合ってるんじゃないかな。」
リマがそう言うと、ズナゴムは頭をかいて、てれくさそうに笑った。
それを聞くと、こらえていたみんなも、いっせいに笑った。
しまいにはズナゴムも大きな口を開けて、あはははは、と笑い、みんなの笑い声は森中にこだましていった。
「さて、皆さん、もう出発の時ですな。」
笑いがおさまると、ドルムが言った。
「いろいろありがとうございました。」
「いやなに、お礼を言うのはこちらの方ですじゃ。
孫を助けてもらった上に、このわしの長年の悩みまで、取り除いてくだすったんですから。
これから森を出るまでに、三日はかかります。
デモをつけますのでご安心して下され。
おっちょこちょいじゃが、道に迷う事はありませんじゃろう。」
「何から何まで、本当にありがとうございました。」
「森を出てからは、どう行かれます?」
「とにかく東へ向かいます。」
「わしらはこの森の事なら、木の葉一枚の事でも教えて差し上げるんじゃが、ここを出たら、何もわかりませんのじゃ。
とにかく、気を付けていって下され。」
「さようなら、ドルムさん。」
二十人のドワ−フたちに守られて、リマたちはジュリムの村を後にしたのだった。
三日の間、天気はずっと快晴だった。
ドワ−フたちと歩く森は、何の危険もなく、楽しいものだった。
デモはめずらしい花や木があると、いちいち立ち止ってその名前を教えてくれた。
タルナスから名前だけ聞かされていた花を、本当に見る事は楽しかった。
しかしその度、リマはタルナスを思いだし、そっと目を伏せるのだった。
三日目のお昼頃、リマたちはようやく森を抜けだした。
目の前は青々とした緑が拡がる草原で、木はまったくなくなっていた。
「さあ、ここで森は終りだ。」
デモがそう言って、大きく息を吸い込んだ。
「外の空気はいいなあ。広々として、軽い感じがする。」
「ああ、またおらは森からでていくだなあ。」
「また、森なんてあるよ。」
「ああ、そうだといいなあ。」
ズナゴムとモムはそんな事を言いあい、ティリオンは駆け出して飛び上がった。
「しばらく飛ばなかったら、翼がしおれてしまったみたいだ。」
ティリオンは、うれしそうにリマたちの頭上を、ゆっくりと一回りした。
「いろいろありがとう。ぼくたちはもう行きます。ドルムさんにもよろしくね。」
「うん。リマたちも元気で。」
なぜかデモは、少しうらやましそうな顔をすると、仲間に戻る合図をした。
「さようなら。」
ドワ−フたちはひとしきり手を振ると、森の中へ消えていったしまった。
「さあ、ぼくたちも行こう。」
「リマ、さっき飛んだ時に、あたりを見てきました。
この草原は、そんなに大きくありませんよ。そのむこうは、赤い岩の小さな丘が連なる岩山です。
その先には大きな谷があるみたいですが、それはもう少し行ってみないとわからないでしょう。」
ティリオンはてきぱきと言うと、ぶるぶるっとたてがみをふるわせた。
「また、ぼくたちだけになっちゃったね。ぼく、ほんとうはおおぜいの方が好きなんだけど。」
「モム、お散歩に来てるんじゃないんだよ。さあ、出発しよう。」
「おおい、待ってくれえ。おらも連れていってくれえ。」
みんなは森の方を振り返った。すると、斧をかついだドワ−フがひとり、手を振りながらかけて来る所だった。
「デモだ。」
リマがつぶやくように言った。
ドワ−フはみるみる近づいてきて、リマたちの前に来ると、ドタッとひざをついた。
「ああ、間に合った。」
「デモじゃないか。どうしたんだい?」
リマが駆け寄ると、デモは息をきらし、やっとつばを飲込んで言った。
「やっぱりおら、ついて行きたくなっちゃってよ、一度はがまんして村に帰ろうとしたんだけど、途中で引き返してきたんだ。」
「だってそんな事、ドルムさんが許すはずないじゃないか。」
「じいさんには、仲間に言ってもらうよ。」
「いいかい、デモ、ぼくたちの旅は帰って来られるかどうか、わからない旅なんだ。お願いだから、村に戻ってくれ。」
「いやだ。こう見えたって、おらはドルムの孫、がんこ王といわれたゾコル王の子孫だ。
連れていってくれるまで、ここをうごかねえからな。」
デモはそう言うと、腕を組んで坐り込んだ。
リマが困った顔でティリオンを見ると、ティリオンはまかせておけと言うように、うなずいた。
「よし、デモ。連れていってやろう。ただし、この上を一周する間、私に乗っていられたらの話だ。
もし落ちたら助からないぞ。どうする?」
「そんな事なら簡単だ。さ、早く行こう、早く行こう。」
リマはしかたなく、ティリオンにデモを乗せると、ティリオンの耳元でささやいた。
「大丈夫?もしおっこちたら死んじゃうよ。それにおっこちなければ、連れて行かなくちゃならないし。」
「大丈夫ですよ、リマ。振り落してすぐひろうくらいなら、私の名誉にかけて失敗しません。」
リマはそれ以上言わずに、ティリオンから離れた。
「デモ、行きますよ。」
「ああ。」
ティリオンは大地をひと蹴りすると、大空に舞い上がり、荒々しく飛び始めた。
ティリオンはくるくる回ったり、左右に揺れたりして、見ている方がはらはらしたくらいだったが、
デモはたてがみにしがみついて、落ちる気配もなかった。
しばらくティリオンは飛び続け、しまいに高く高く上にあがると、いきなりまっ逆さまに落ちてきた。
モムがあっといって目をおおい、リマもこぶしを握りしめた。
そしてリマのすぐ頭の上まで落ちて来ると、ティリオンは急に羽ばたいて上に昇った。
その時、うわっと言う声がすると、デモがティリオンの背中からふわっと浮き上がり、その手がたてがみを離れた。
「落ちる!」
下で見ていた三人は同時に叫んだ。
三人のうち誰もが、地面に叩きつけられたデモを想像して、目をつぶった。
しかし、落ちる音もせず、デモの悲鳴も聞こえなかった。
リマがおそるおそる目を開けると、ティリオンは上を飛んでいた。
そして、デモはその尾にしがみつき、小さなおもりのように、大空でゆれていた。
「ティリオン、もういい。降りてきて。」
リマが声の限りに叫ぶと、ティリオンはゆっくりと翼を動かして降りてきた。
「いやはや、彼はたいしたものですよ。」
降りてくるなり、ティリオンはそう言って尻尾のほうを見た。
リマは地上に降り立っても、その尻尾をはなさないで、ぶら下がっているデモに駆け寄った。
「大丈夫かい?」
「おら、おっこちなかったぞ。連れていってくれるね。」
リマがにっこり笑ってうなずくと、デモはずるずるとすべり落ちた。
リマはティリオンと顔を見合わせると、笑った。
「デモは大丈夫?」
心配そうにモムが聞くと、リマのかわりにティリオンが言った。
「目を回しているだけですよ。心配はいりません。」
「よかったあ。」
「ちびっ子のくせに、大したやつだあ。」
リマはデモを抱き上げると、そっと呼びかけた。
「デモ、デモ、大丈夫かい?」
ゆっくりと開いた目は、まだ焦点が定まらないようだった。
「こんな目にあわせてごめんね。
こんなに、がんばるとは思わなかったから。
すぐに落ちて、それをティリオンがひろうって事になってたんだよ。」
「でも、おらあ、がんばった。連れていってくれるんだろ?」
「こっちからお願いするよ。一緒に行ってくれるかい?」
「ああ、うれしいなあ。おら、広いとこが好きなんだ。きっとみんなの役に立ってみせるよ。」
「よくがんばりましたね。」
いつの間にかティリオンがそばに来ていて、デモをのぞき込んで言った。
「出発しよう。デモは少しの間、ティリオンの背中か、ズナゴムの腕の中だよ。さあ、行こう。」
「おら、歩ける。」
そう言いはるデモをティリオンの背中に乗せて、仲間の増えた一行は、東に向かって歩き始めたのだった。