「さあ、私の背にお乗りなさい。」
広げた翼は、洞窟で見た時よりも何倍も大きく見え、それは朝日にあたって輝いていた。
「まず初めにズナゴムが乗って下さい。そう、翼の前です。
翼の後ろは、羽根が当たって私も飛びにくいし、乗ってる方もひどいものですよ。」
「おらが乗って、本当にいいだか。」
「大丈夫、乗ったら落ちないように、首に腕をまわして下さい。
それからリマ、ズナゴムの前へ、モムはリマのひざに乗って。いいですか、飛びますよ。」
ばさっと大きな羽根を動かす音がしたかと思うと、ペガサスは大地をけって、軽々と舞い上がっていた。
急に風が強くなったように感じられ、ふわっと浮き上がった心もとなさに、
モムはたてがみに顔を埋め、リマはモムを抱きしめ、ズナゴムは首に回した腕に力を入れた。
「ズナゴム、もう少し力をゆるめて下さいよ、それじゃあ首をしめられているみたいだ。」
「す、すまねえだ。」
あわててズナゴムが力をゆるめると、急に柔らかな乗り心地になり、リマとモムも顔を上げてあたりを見回した。
まわりはすべて空だった。
おそるおそる下を見ると、レガンの洞窟はとうに見えなくなり、山々の連なりと、緑の木々が一面にひろがっていた。
最初は吹きつけるように思えた風も、柔らかく髪をなびかせているくらいでしかなかった。
太陽が近くに感じられ、晴れわたった空は、限りなく、リマたちの前に続いていた。
「やっと楽になりましたよ。ズナゴムの力は、竜のしっぽなみなんじゃないかな。危うく首の骨が、折れるかと思った。」
「すまねえだ。おら、こんなことははじめてなもんでよ。」
「そうですね。でもこの世界が始まって以来、ペガサスに乗った森トロ−ルは、ズナゴムが初めてのはずですよ。
それもすぐになれるでしょう。」
「見て、あそこに羊飼いがいるよ、羊なんか、ちっちゃな綿みたいだね。」
モムは最初のこわさも忘れて、夢中で下をながめていた。
「ティリオンさん、これからどのくらいで失われた都に着くんですか。」
「そんなに堅苦しくならないで下さい。ティリオンでけっこう。
失われた都は、ここからほんの半日のところです。歩けばそれこそ、二日や三日はかかるでしょうけどね。」
「それからは?」
「それは私にもわかりません。
でも、私の弟は行って、帰ってきましたよ。私たちもきっと役目を果たして、帰ることができるでしょう。
それを信じなければ、どんな旅も成し遂げられません。」
「ありがとう、ティリオン。もう心配するのはやめるよ。」
「それでこそ、生き物の司が選んだ使いですよ。」
そう言っている間にも、景色は次々と変わっていった。
大きな森が流れるように消え、山が迫ってきたかと思うと、それは後ろへ飛び去っていった。
一度、セント−ルが平原を走って行くのも見えたし、旅のドワ−フたちが大きな荷物を背負って、歩いているのにも出くわした。
鳥たちは道をあけ、太陽はゆっくりとその場所を変えていった。
丸くきらめく水と、その中心にこんもりともりあがった、
真珠色の丘が見えてきたのは、午後もだいぶたって、三人とも少しお尻が痛いと感じてきたころだった。
「あれが失われた都、虹の城の廃墟です。」
ティリオンはそう言って、少しずつ高度を下げていった。
木が近づき、その葉の一枚一枚がわかるくらいになると、
いきなり目の前がきらきら光るものにかわり、あっと言ったかと思うと、ティリオンは失われた都、虹の城の廃墟に立っていた。
「さあ、着きました。」
一度ばさっと羽根をはばたいてから、ティリオンは翼をたたんだ。
しびれるお尻をなでながら、モム、リマ、ズナゴムの順で、三人は降り立った。
何か、なつかしいものでもあるかのように、ズナゴムはどすんどすんと地面を踏みつけ、モムは空を見上げて、ただ、はあ−っと言った。
リマはあたりを見まわして、そこが細かい砂のようなものでできた丘だということ、
そして、生き物の司に言われた番人が、見当たらない事だけ見て取ると、ティリオンに目をむけた。
「番人の双子という人たちはどこにいるんだろう。」
「彼らはもう、目の前に来ていますよ。呼んで見ましょうか。」
ティリオンは堀の水に向き直ると、 静かな口調で話しかけた。
「ギスク、ダスク、私たちは生き物の司さまからの使いだよ。姿を見せておくれ。」
すると、目の前の水がざわざわと揺れ出し、緑色の頭が二つ、浮き上がってきた。
息をこらして見つめていると、それは岸の方に進み、やがて頭から肩、肩から腰が現われて、
あっけに取られるリマたちの前に、水草を体中にまとった二人の男が立っていた。
背丈はちょうどリマくらいだが、幅はリマの倍くらいもあり、背中は大きなこぶのように曲がっていた。
肌の色が緑色なのは、水こけのせいか、それとももともと緑色なのか、リマにはわからなかった。
「このふたりがギスクとダスク、川男の双子ですよ。」
ごくんとつばを飲込んだまま、ひとことも言わないリマたちを見て、ティリオンはおかしそうに言った。
「川男に会うのは初めてですか。」
「ええ。」
リマは双子から目を離さずに、うなずいた。
モムが一番早くわれにかえって、双子の足下にはいよると、垂れ下がっている水草にちょっとさわって、おそるおそる聞いた。
「これ、服なの?それとも身体の一部?」
双子は顔を見合わせた。
「めずらしいお客のようだぞ、ダスクよ。」
「そうだな、兄き。白い羽根の生えたお馬は見た事があっけど、ちっちゃいのやら、おっきいのやらは見た事がねえ。」
「ぼくは絵具師見習のリマ、コボルトはモム、そして森トロ−ルはズナゴムといいます。」
「森トロ−ルってのは、ほんとにいるんだなあ、兄き。」
「おれが小僧の時に聞いた話じゃ、森トロ−ルは川男を食うって聞いたが、そんな感じじゃねえぞ。」
「さあ、もう自己紹介はおわりにしていいね。
日も暮れてきた事だし、そろそろ君たちの館に案内してくれないか。
大丈夫、森トロ−ルは、川男を食べたりはしないよ。」
えんえんと続きそうな双子の会話をさえぎって、ティリオンは言った。
「お前たちは水にもぐれるかね。」
兄のギスクが聞いた。
「ギスク、私もいるんだから、水の中からは入れないよ。丘の扉を開けておくれ。」
「そうだった、そうだった。弟よ、丘の扉はどこだったかな。」
「兄きが覚えていたはずだぞ。たしかここから、西へ十二歩いったところだったかな。」
「いやいや違うぞ、弟よ。西に十歩行ってから、北に三歩だったろう。」
「いや、北は四歩のはずだ。」
「もういい、私が場所は知っているよ。」
ティリオンはリマについて来いと、目くばせすると、丘の真ん中に向って歩きだした。
「彼らはいつもこうなんです。言う通りにしていたら、本当に日が暮れてしまう。」
ティリオンは、リマに耳うちするように言った。
「でも、いい人たちみたいですね。」
「そう、それは私が保証しますよ。
ぼんやりしているようですけど、生き物の司から、ここの見張りをまかされている者たちですからね、いざとなったら頼りにもなります。」
ティリオンは丘の頂上まで行くと、振り返って言った。
「扉はここのはずだよ、さあ、開けておくれ。」
「これはたまげたぞ、兄弟よ。」
「白いお馬は、おれたちより、ものを知っているぞ。」
二人はそんな事をぶつぶつ言いながら、腰のひもにぶらさがっている小さな鍵を取り出して、何やら砂の中をさがしていた。
やがて、カチリというかすかな音が聞こえると、ギスクは振り返った。
「ここが扉だ。入ってくれ。」
ざあっと砂がこぼれる音がすると、丘の頂上に大きな穴が開いていた。
中は階段になっており、こぼれ落ちた真珠色の砂が、石の階段の上できらきらと光っていた。
「さあ、入りましょう。」
さすがに翼を折りたたんでも、ティリオンはきゅうくつそうだったが、ズナゴムが立って降りてゆかれるほどの、大きな階段だった。
「ねえ、リマ、ここはもしかしたら、お城の地下室だったんじゃない?」
「そのとおり。砂に埋もれていた地下室を、川男たちが作りかえたのです。
出入り口は彼らが作ったものだけど、この階段と、これから行く部屋は、虹の城の地下室そのものなのです。」
「ふうん、やっぱりそうかあ。」
モムがめずらしく感心したように、腕を組んでうなずいた。
壁の両側には、小さなろうそくがてんてんとついており、
先頭にたつティリオン、リマ、モム、ズナゴム、そしてまだ、ぶつぶつと言い交わしている双子の川男を照らしだしていた。
「ちょっと待ってくれ。」
「扉を開けねえとな。」
一番後ろを歩いていた二人が、そう言って前に出てきた時、階段は終わり、目の前に大きな鉄の扉が現われていた。
今度は弟のダスクが、大きめの鍵を取り出し、鍵穴にあてると、鉄の扉はきしむような音をたてて、向う側へ開いた。
そこは四角い大きな石作りの部屋だった。
真ん中にあるテ−ブルには、ろうそくが何本も立てられ、
左の奥にはかまどと棚、右の奥には、わらが大きな鳥の巣のように積まれていた。
手前の二つの角には、いろいろなものがほこりをかぶったまま、放り出されていた。
「ここが川男のすみか、虹の城の番人小屋だ。」
「遠慮はいらねえ。ゆっくりしていってくれ。」
二人はそう言うと、ひょこひょことかまどの方に走っていった。
「みんなゆっくりしましょう。落ち着いて眠れるのは今夜が最後でしょうから。」
ティリオンはそう言って、長い四本の足を折り曲げた。リマもほっと小さなため息をつくと、古い木の椅子に腰をかけた。
ズナゴムは椅子に腰かけようとしたが、
どうしても椅子の大きさと、自分のお尻が合わないとわかると、ふんといって床にあぐらをかいた。
「ねえ、あのすみに積んであるものを、見てもいいかな。」
モムがこらえきれずに、リマに聞いた。
「さあ、どうだろう。ティリオンに聞いてごらん。」
「いいでしょう。川男たちは、何もあのがらくたを守っているわけじゃないし、
何かこれからの旅に、役立つものが見つかるかも知れない。」
「わあい、いいんだね。」
モムは喜びの声を上げて、部屋の隅にうずたかく積まれているものの方へとんで行った。
「いじくっても、持ってってもいいが、くずれた時に、下敷きにはならねえようにしてくれ。」
ギスクが、モムの声を聞いて、そう言った。
やがて、いい匂いが部屋中にたちこめてくると、リマもズナゴムも、モムの事は忘れてしまった。
ティリオンは黙って、ダスクの出してくれた草をもぐもぐと食べていた。
「うわ−っ。」
モムの叫び声といっしょに、ガラガラガラという大きな音がした。
リマが立ち上がり、ティリオンはびっくりして首を上げた。
「やっぱりやっちまったか。」
ギスクがそうつぶやいて、音のした方へ駆け出した。
リマとズナゴムも、あわててその後に続いた。
ほこりにまみれて、色すらもわからなくなってしまった物たちの下から、赤いとんがり靴をはいた、二本の足がとびだしていた。
「今、どけてやっからな。」
ギスクを手伝って、ズナゴムがモムを引っぱりだすと、モムは真っ黒になった顔で、えへへと笑った。
「モム、いたずらはもうやめなくちゃな。」
リマが怒って言うと、モムは頭をかきながら、小さくごめんなさい、と言った。
モムは上目でリマを見て、それ以上怒られないとみると、いきなり手に持っていた物を差し出した。
「これをとろうとしたんだよ。」
それは何か細長い物だったが、ほこりにまみれて、よくわからなかった。
「ああ、それか。そんなもん山ほどある。」
ギスクはモムが無事なのを見ると、モムの差し出した物には興味も示さずに、かまどの方へ戻っていった。
「何だい、それは。」
リマが手にとって、ほこりを払うと、下からきらきら光る宝石と、金色の地肌があらわれた。
「すごい。」
リマはそう言うと、何気なくその細長い物を引っぱった。
それはするりと抜け、みんなの目の前には錆びひとつなく、輝いている剣があった。
いつの間にかそばに来ていたティリオンが、それを見て言った。
「よい物を見つけましたね。
それは竜の牙と呼ばれる剣で、古王朝の王子が身に着けていた物です。
王子のために造られたものですから、少し短めにできていますが、切れ味は最高のはずですよ。
もともとこれは、竜の爪と呼ばれる剣と対になっていましたが、
竜の爪はこの城が滅びた時、王とともに失われたと聞きます。
これからの旅で、役に立つかも知れません。」
「でも、こんな物を持っていってしまって、いいんですか。」
「いいでしょう。ここにあるものは、今でこそ、がらくたにしか見えませんが、すべて王宮の宝物なのです。
かき分けて捜せば、それくらいの物はたくさん出てきますよ。」
「へえ−っ。じゃあもうすこし捜して、何か役に立つ物を見つけよう。いいよね、ティリオン?」
「いいでしょう。でも、さっきみたいに、また下敷きにならないようにして下さいよ。」
テ−ブルにス−プの皿が並べられて、焼いた魚がいい匂いをたてても、モムはがらくたから離れなかった。
「まだ何か捜してるんかね。」
「ちっちゃいコボルトは、よっぽど珍しいものが好きならしいぞ。」
「おら、呼んでくるだ。」
ズナゴムがのそのそと立ち上がり、がらくたの中にほとんど埋もれて、何かをいじっているモムに、
かがみ込んで話しかけた。モムははいだしてくると、ズナゴムに何か持たせて、やってきた。
「お待たせしました。」
「モムよ、これはどこに置いたらいいだ?」
「そこに置いておいて。そっとだよ。」
「何を捜していたんだい?」
「いいもの、たくさんあったよ。でもそれはお食事の後のお楽しみ。」
「まあいいや。でも手だけは洗ってくれよ。その手でパンをちぎられたんじゃ、黒くあとがついちゃうよ。」
「水はかまどのわきの桶にある。」
手を洗ってきたモムが席に着いて、食事が始まった。
新鮮な魚を焼いた物や、塩味のス−プ、貝を干した物やいろいろ木の実を、みんなはおなかいっぱい詰め込んだ。
ダスクとギスクは食べ終ると、変わった匂いの煙草を吸い始め、ズナゴムはパンパンになったおなかをなでた。
モムは食べ終ると、すぐに椅子をおりて、ズナゴムが運んできたほこりの山に駆け寄った。
「さあ、いいかい。」
モムはそう言って、ひとつづつ取り上げては、得意そうに話し始めた。
首飾りや指輪、剣や盾、小さな箱や、きれいな金槌まであった。
それはどれも宝石や、金で飾られており、少しこすると、ほこりの下から美しい輝きが現われてきた。
「ね、すごいでしょう?やっぱり星々の司に会いにいくんだもの、これくらい着けていこうよ。」
「モム、遊びにいくんじゃないんだよ。」
リマが続けて言おうとするのをさえぎって、ティリオンが優しく言った。
「モム、星々の司は、姿かたちでひとを見たりはしない。
今度の旅は、こんな物を持って行ける余裕があるなら、ビスケットの一枚も持っていた方が役に立つと思いますよ。
とはいえ、せっかく集めてきた物です。これだけ持って行きましょう。」
ティリオンはモムの前に並んでいる中から、いくつかを前足で端によけた。
「リマは、最初に見つけた竜の牙を持って行くといいでしょう。
モムにはこの短剣を、ズナゴムはこのペンダントをして下さい。私は何もいりません。」
「きれいだが、おらあ、こんなもんが首からぶらさがってちゃ、じゃまでしょうがねえ。」
「ズナゴム、それには魔法の力があるのです。
それにむかって呼びかければ、どんなに離れていても、話ができるのです。
それにモムとリマは剣くらい持って歩いて、邪魔になる事はないでしょう。」
「ねえ、ティリオン、ぼく、剣よりもこっちの方がいいな。」
モムはおずおずと金槌をひろいあげた。
「おれもそう思う。」
「兄きの言うとおりだ。コボルトに剣は似合わねえ。」
「いいでしょう。でも私はその金槌を、見たことがないんです。どんな力を持っているのか、わかりませんよ。」
「それなら、おれたちが知っている。なあ、弟よ。」
「そうだ、それなら知っている。それは昔、ドワ−フの王から、捧げられた物だ。」
「そう、それに名はないが、王の金槌と呼ばれていた。」
「どんな物でも、金っけの物なら、それで軽く叩いただけでも、言う事を聞く。無駄にはならねえだろう。」
「わかりました。じゃあもう今日は寝るとしましょう。明日は朝早く出発しなければならないのですから。」
みんなはふかふかした枯れ草の中に、身体を寄せ合った。
草はこうばしい香がして、暖かかった。
モムはズナゴムのかげにうずくまり、リマはペガサスの白くて長い顔に頬を寄せると、ひとこと、おやすみ、と言った。
リマが目を覚ますと、部屋は煙でいっぱいだった。
痛むのどをおさえながら、手で煙を追い払うと、リマはあたりを見回した。
となりには誰もいなかった。
あわてて飛び起き、煙のもとの方に歩いて行くと、いきなりどすんと人にぶつかった。
「お目覚めかね。今、魚をくん製にしてるところだ。もう少したったら出来上がる。」
「みんなは上にいっちまったよ。なあ兄き、これくらいの煙でなあ。」
「おはようございます。」
そこにいたのがギスクとダスクだと気が付くと、リマは二人がいると思われる方にお辞儀をした。
「おれたちはこっちだ。どうでもいい事だがな。」
「それより、上に行くんなら、そのまま真直行けばいい。階段につまづかねえようにな。」
「はい。」
リマは短く答えると、鼻と口を押えて駆け出した。
階段を二回つまづいて、やっと表に出た時に、リマは大きく深呼吸をした。
すると目の前にモムが笑っていた。
「よくあんな中で眠っていられたね。」
「起こしてくれればいいのに。」
「だって、あんまり気持ちよさそうに眠っているんだもの。」
「おはよう。」
「おはようございますだ。」
ティリオンとズナゴムが、さっぱりとした顔でリマに言った。
「おはよう、二人とも。」
「いよいよ出発ですね。旅立ちには最高の天気だ。特に、これからは歩いての旅ですから、天気なのはありがたい。」
ティリオンとリマが、そう言って空をあおいだ時、川男の声が聞こえた。
「めしができたぞ。」
みんなはあの煙を思いだして、こわごわと階段を降りていった。
しかし、どこへ抜けていったのか、かすかな匂いを残すだけで、煙は跡形もなく消えていた。
「めしにしよう。」
「そうだ、朝めしの時間だ。」
みんながテ−ブルを囲み、食事が始まると、初めにギスクが言った。
「お前たち、これからどこへ行くね。」
リマが顔を上げてティリオンを見ると、ダスクが続けた。
「言いたくなけりゃあ、言わねえほうがいい。弁当は十日分用意した。
飛んで行くのか、歩いて行くのかしらねえが、ここから東に行くんだったら、気を付けるにこしたことはねえ。」
「そうよ、弟の言うとおりだ。おれたちゃゴライアスさまから、ここの番人を仰せつかってる。
ただここにいると、いろんなことが耳に入ってくるもんだ。
できりゃあ、東へは行かねえ方がいいだろう。
それにどうしたって、ここから東へ歩いて行けば、ゴルの門で行き止りよ。
好んであそこへ行くやつなど、いるわけがねえ。」
「ここから東には、いったいどんな者がいるんですか。それとゴルの門は、何でそんなに恐ろしいところなんですか。」
リマはフォ−クを動かす手を止めて聞いた。
「こりゃ驚いた。そこの白いお馬から聞いてはいないのかね。」
ギスクとダスクは顔を見合わせた。リマはわけがわからずに、ティリオンを見た。
ペガサスはつらそうに目を伏せると、思い切ったように話しはじめた。
「確かに私は知っています。ゴルの門に住まう者の事を。
やつは、そう、太古の昔からそこに住んでいるのです。
やつこそ、堕落させる者、デ−モン、つまり悪魔なのです。」
「そのとおり。ゴルの門に住む悪魔こそ、悪魔の親玉、クラウシュク・テビテ・ゴルなのさ。
この白いお馬の兄だか、弟だかはしらねえが・・・」
「私が言う!」
ティリオンは初めて見せる激しさで、ギスクの言葉をさえぎった。
「私の弟、リュシオンは二人の竜騎士について、ゴルの門をくぐった。そして悪魔に出会った時に・・・。」
そこでティリオンは言葉を切り、うなるように言った。
「逃げたのだ。恐怖に我を忘れて、その乗り手を置いたまま。」
白いペガサスは、身体をふるわせて目を閉じた。
モムはその足をそっと抱きしめた。
「白いお馬には、情けないことなんだろうがな。おれたちにしちゃあ、あたりまえ、やつの前に出られただけでも大変なこった。」
「そうよ、その時の竜騎士もここへ泊まった。強そうな、立派な騎士たちだったが、果たして帰って来られたのやら。」
「帰ってきたんです。そしてその一人が、ぼくのおとうさんなんです。」
「ほう、こりゃあ。」
「なんといっていいか。」
川男たちはまじまじとリマを見つめると、顔を見あってうなずいた。
「何とはなしに、お前たちの役目がわかったようだ。
あの時の竜騎士のせがれに、あの時のペガサスの兄か。
もう何もおれたちは言わねえ。ただ、おれたちの聞いていることを話そう。」
「そうだ、兄き、それがいい。」
「ここから東に行って、まずドワ−フの村がある。
といっても、歓迎してくれるわけじゃあない。
やつらはドワ−フの中でも、特に古い血を保っているやつらだ。
いろいろと怪しげな事も聞く。
魔法を使うとかな。
それから気を付けなくちゃなんねえのは、森のばばあだ。
やつは魔女さ。それも、たちがいいと は、決して言えないようなやつよ。
それからは巨人が出るとか、出ないとか、小さな子供だけの村があるとか聞いている。
特に夜は気を付けるこった。
まさかペガサスといっしょにいるところを襲うほど、勇気のある奴等じゃないが、ゴブリン鬼がごろごろしてる。
おれたちが聞いているのは、それくらいだな。」
ギスクは言い終ると、ダスクを見た。
「兄き、忘れちゃいけねえ。東の森じゃ、生き物を殺しちゃなんねえって、掟だ。」
「そうだったな、弟。」
「わかりました。いろいろとありがとう。食事も速くすませて、早速でかけよう。」
リマが言うと、みんなはうなずいて、食べ物を口に運びだした。
さっきまでおいしかった料理も、今では何の味もしなかった。
リマは剣を腰にさし、モムはベルトに金槌をさしこんで、真珠色の砂の上に立っていた。
ズナゴムは大きな荷物を背負い、こんぼうを片手にペガサスの後ろに立っていた。
その胸には銀色のペンダントが、もしゃもしゃの毛に、埋もれるようにして光っていた。
二人の川男は扉のところに並んで立ち、悲しいような、まぶしいような目で見守っていた。
「じゃあ、行きます。ギスクさん、ダスクさん、ありがとう。」
「気を付けて行けや。道は遠い。」
「ペガサスよう、仕方のねえ事を思いださせて悪かったな。」
ティリオンは首を振った。
「さあ、私に乗って下さい。堀を飛び越えますよ。」
三人はティリオンの背にまたがり、手を振った。
「さようなら。」
ティリオンは翼を大きく一度ふると、一気に飛び上がり、気が付いた時には堀を飛び越えていた。
振り返ると、川男たちは手を振りながら、水の中に消えていってしまった。
「これからは歩きです。行きましょう。」
リマはティリオンと並んで、うっそうと繁った森の中へ踏み込んでいった。