八.




森を抜けた時には、あたりはすでに明るくなっていた。




しかし、天気は相変らずのくもり空で、低くよどむような雲が、リマたちの上にたれこめていた。




道は見通しの悪い林の中や、丘の合間をぬうように、うねうねと続いており、

ときおり頭の上を飛び去る小鳥の他には、行きあう者もなかった。






リマはひどく無口になり、モムが元気づけようと冗談を飛ばしても、ちょっと口元で笑うと、また黙り込んでしまった。




三人は一日に二回、道端に腰を下ろして、リュックに入っていたビスケットと干し肉をかじるだけで、ただ黙々と歩き続けた。









追手が迫ってくる気配もなく、二日目の夜になった。


道の右手に遠くかすんで見えていた山々が、今は黒々とそびえたち、道は大きくカ−ブをえがくと、その山々へ向かっていた。







リマたちは、小さな焚き火をかこんで食事をとっていた。


「ねえ、リマ、体は大丈夫?」

「ありがとう。すっかりいいみたいだよ。」



「城を出てから、あんまり何もしゃべらないから、具合でも悪いのかって、心配しちゃったよ。」

「ごめんね、モム。それにズナゴムも。でもそうじゃないんだ。」






「おとうさんのこと?」




「うん。初めはね。

でもそれから、いろいろな事を考えた。

ボルじいさんが言ってた事を覚えてる?

運命の話。お師匠さまが、ぼくを弟子にとってから、運命が回りだしたって言ってただろ?

何か大切な事、それもぼくたちやお師匠さまだけじゃなくて、もっともっと大きな事が、始まっているような気がするんだ。

そして、それが生き物の司という人のところに行けば、わかるんじゃないかな。

それにおとうさんのことだって。」



「おとうさんか。

ぼくたちコボルトは土から生れる。

だから、おとうさんもおかあさんもいないけど、もしぼくにそういう人がいれば、きっと会いたいと思うだろうな。」




「おらには、おやじもおふくろもいただ。

だども、死んじまった。

ふたりとも。


森トロ−ルは死ぬことはこわくねえ。

死ぬっちゅうことは、また森に帰るだけの話だ。

こわくはねえ、こわくはねえが、おやじとおふくろがおっちんじまったとき、おらはすごく悲しかっただ。

そんでよ、おらあリマといっしょに、森だけじゃねえ、広いとこを歩き回っているうちに、

おやじとおふくろはやっぱり幸せもんだと思っただよ。

二人は、何はともあれ、森で死ねただからな。

できればよ、おらも死ぬ時は、きれえな森で死にてえだ。それだけだ。」




「何だか、変な話になっちゃった。

ごめんね。ぼくがずっと、黙ってたからだね。

もう大丈夫。考えたってはじまらない。みんなうまくいくよ。

それにそう信じてなければ、うまくいくことだって、だめになっちゃう。

あと四日、ここから西に行けば、生き物の司に会える。

そうしたら、もっとたくさんの事がわかると思う。

お師匠さまの事や、ぼくのおとうさんの事がね。

それから、みんなで考えればいい。」




「やっとリマらしくなってきたぞ。

よかった。

本当のこと言って、ぼく、静かなの苦手なんだ。

そうと決まれば早く寝て、明日は元気に出発しようよ。」


「そうしよう。夜ももう遅い。おやすみ、モム、ズナゴム。」


「おやすみ。」


三人は寄りそって寝ころぶと、すぐに寝息をたて始めた。




星ひとつない湿った夜が、そんな三人をつつみ込んでいった。










西へ進み始めてから二日目、

山に突き当たってからの道は、ごろごろと、大きな岩が転がる山すそにそってのびていた。



岩を乗り越えなくてはならなかったり、そうかと思うと、岩の間にもぐりこんですりぬけたり、

一日に歩ける距離は、一ク−ンにも満たなくなってしまっていた。そして四日目の朝だった。




三人が、ふしぶしの痛みに顔をしかめながら起き上がると、目の前の岩に、白い小鳥が止まっていた。


赤い小さなくちばしと、くりくり動く目の他は、少しの混じりもない純白で、

まっすぐにのびた尾羽根が、朝日を受けて光っていた。






「うわあ、きれいな小鳥。

ぼく、今までこんなにきれいな鳥、見た事がないや。

ねえ小鳥くん、きみ、どこから来たの?」


足の痛みも忘れて、珍しい物好きなモムが、そっと近づいた。



すると小鳥はちょっと首をかしげてから、ピピピっと鳴いて飛び上がり、岩と間違えたのか、ズナゴムの頭の上に止まった。




「こりゃ、こまっちまったぞ。」


ズナゴムがそう言って、頭を動かさないようにしながら、目だけ上を向いて、そっと両手をあげると、

小鳥はもう一度飛び上がってから、またズナゴムの頭の上に止まった。




「ズナゴムのもしゃもしゃ頭が、気に入っちゃったんだよ。」


モムが笑いながらそう言った。


リマも大きなズナゴムが、小さな小鳥におろおろしている姿を見て笑った。






「ズナゴム、ズナゴム。」




いきなり、かんだかい声がした。

みんなは驚いてあたりを見回したが、三人と小鳥の他は、誰もいなかった。





「ズナゴム、ズナゴム。」




声はズナゴムの頭の上、小鳥の方から聞こえて来た。




びっくりして、モムが近づくと、頭の上の鳥は、ズナゴムの髪の毛をくちばしで引っぱって、小さくピピッと鳴いた。


「いてててて。」


ズナゴムは痛そうに顔をしかめたが、それでも頭を動かさないように、じっとしていた。




「ねえ小鳥くん、きみ言葉がしゃべれるの?

ぼくの名前はモム、コボルトのモムだよ。

君の名前は?」



モムは不思議そうに小鳥を見つめながら、そう言った。






「モム、モム、モム。」




すると小鳥は、楽しそうに繰り返した。


「やっぱりしゃべれるんだ。

すごいや。ねえリマ、聞いた?

今度はリマの名前を教えてみるね。

小鳥くん、そこにいるのがリマだよ。

絵具師見習のリマ。」






「リマ。」





小鳥は、ばさばさっと飛び上がって、リマの前に来ると、小さく羽ばたきながら、リマの顔を見つめているようだった。




「どうしたんだい?小鳥くん。」


リマがそっと手を差し出すと、小鳥はいきなり高く飛び上がって繰り返した。







「リマ、リマ、リマ。レガン。レガン。レガン。」






思わず三人は顔を見合わせた。




「レガンだって。」


「レガンちゅうたら、あの、その、なにじゃろう。」


リマは黙ってうなずくと、小鳥に向かって言った。




「ぼくたちをレガンの洞窟に、案内してくれるのかい?」


小鳥は「リマ、レガン、リマ、レガン。」と繰り返して、西の方へ飛び去った。



「行こう。」



三人は急に力づいて、小鳥の飛び去った方へ歩き始めた。







いつの間にか、大きな岩の間に、細い木々がまばらに生えはじめ、それがだんだんと多くなってきた。



小鳥はその合間を低く飛び、リマたちが、木々の影に小鳥を見失いそうになると、

めだつ枝にちょこんと止まって、待っていた。




林が森になり、それも太陽の光すら入らない深い森になってくると、

リマたちにとって、白い小鳥は暗闇の中のランプのように見えた。





「おらあ、こんな道だったら、どこまでいっても、くたびれねえんだがなあ。」


ふうふういってるモムを抱き上げると、ズナゴムはうれしそうにそう言った。



「それにこの森は、なんだかおらに、力を与えてくれるみてえだ。

歩けば歩くほど、元気が出てくるだよ。」





すり傷だらけで、しょぼくれていた朝とは、うって変わって、ズナゴムは心から楽しそうに笑った。




つられて笑ってから、リマは自分も、何だか元気が出てきているのに気がついた。


その時、目の前を飛んでいた小鳥が、木々の向こうにふっと消えたかと思うと、目の前が急に開けていた。






そこは、垂直に切り立った黒い山肌の前、岩と森とが出会っているところ、まわりを山と森に囲まれた、小さな広場であった。



下は柔らかな明るい緑色の草におおわれ、小さな黄色い花が咲いていた。





そして、目の前に、大きな洞窟が口を開いていた。

洞窟はきれいなア−チの形をしており、自然にできたにしては美しすぎ、誰かの手が作りだしたにしては、なめらかすぎた。

幅は十ノル、高さはゆうに二十ノルをこえ、ズナゴムが三人、肩車をしても、そのまま入れる大きさだった。






小鳥はちらっとリマたちを振り向くと「リマ、レガン。」そういって、洞窟に飛び込んでいった。



「ここがレガンの洞窟だ。」

リマは誰に言うともなくつぶやいた。


「リマ、行こうよ。」

モムはリマを見上げると、しっかりその手を握った。


「行くしかねえだ。」

ズナゴムはその腕で、リマとモムを後ろから抱きかかえるようにして言った。


リマはモムとズナゴムの顔を順番に見ると、大きくうなずいた。






洞窟はまっすぐに、奥の方へのびていた。

ランプの光に照らされた壁は、黒くきらきらと光り、

ひんやりとした空気が、リマたちをつつみ込んでいた。





白い小鳥は奥へ飛んでいったのか、どこにも見当たらなかった。




入り口からの光も届かなくなり、そろそろ二つ目のランプをつけようと思った時、ふっと奥から風が吹いてきた。

そして、その風にのって、低い、しかし心に直接話しかけてくるような、不思議な声が響いてきた。











「リマよ、こちらに来るのじゃ。」




モムは思わずリマにしがみつき、ズナゴムはこんぼうを持つ手に力を入れた。




「こわがらんでも良い。わしに会いに来たんじゃろうが。

そのまま進めば、わしの前に出る。」




リマが、勇気をふりしぼって前に出ると、左右の壁がなくなり、急に風が吹きぬけて、ランプの火は消えてしまった。



あわててモムが火をつけ直そうとすると、目の前で大きな声がした。






「今、明りをつけてやろう。」



何かを低くつぶやく声が聞こえると、壁に次々と赤い炎がともり、

タルナスの仕事場が二十は入りそうな大広間が、何百という明りに照らされて、リマたちの前に広がっていた。




そして、その大広間をほとんどいっぱいにして、うずくまっていたのは、

大きな鈍い金色に光るうろこをした、竜であった。



モムくらいの爪がついた手は、ズナゴムですら一握りにできそうで、

長いひげのしたに開いている口は、大きな燃え盛るかまどのようだった。




背中の翼は折りたたまれて、両側に垂れており、長い尾は広間の奥で蛇のようにとぐろを巻いていた。



そしてその目は、深い泉のような緑色で、やさしさときびしさ、時と叡智をたたえて澄みきっていた。






何も言わずに立ちつくしている三人を、竜はじっと見つめていたが、

やがてごうごうという音を立てると、リマに向かって言った。





「リマじゃな。」



「はい。」





「わしがこわいか?」

「いいえ。不思議ですけど、少しも。」



「そうか。おまえがくる事は、分かっておった。

しかし、こんなに早くとは思わなかったぞ。

さて、何のために、このわし、生き物の司である、竜のゴライアスのところに来た?」




「お師匠さまの伝言で、ここに来るように言われたのです。」




「タルナスの伝言?それはおかしい。

確かにタルナスはここへ来た。

それはわしが、ペガサスの使いを出し、それに応えたまでの話。

やつは話が終ると、すぐに帰っていったぞ。

残したお前たちが、心配だと言ってな。

そこのコボルトは、モムというんじゃろう。

二人のことは聞いておる。

そこにおるのは、森トロ−ルじゃな。」



「はい、ズナゴムといいますだ。」


「ぼくたちを守って、一緒に来てくれたんです。」



生き物の司は、小さくなってるズナゴムを、その透き通る目で見つめた。




「良い者を連れにした。これから後、きっと頼りになるじゃろう。

ところで、タルナスの伝言とやら、覚えておるか?」



「はい。」


リマは間違えないように、ゆっくりひとことづつ、夕焼けインクの伝言を繰り返した。





生き物の司は、それを聞くとまた、ごうごうという音を立てた。


リマはそれが、竜の笑い声だと気が付くと、モムと顔を見合わせた。



「タルナスから、残してきた伝言のことは、聞いておる。

それはこうじゃ。


使いが来て、西の山の向こう 黒き山のすそのなる、レガンの洞窟まで 生き物の司に、会いに行かねばならなくなった。

大至急もどってはくるが、 モムと一緒に、その間 がんばって留守番をしてくれ。

これがタルナスの伝言よ。

今ごろタルナスは、驚いておるに違いない。

ゴブリンのことも、何も知らないんじゃからの。」




「じゃあ、すぐに帰らなくちゃ。」



「いや、これからお前には、やってもらいたいことがある。

タルナスを呼んだのも、そのためよ。

やつには、わしが伝言を飛ばす。

チ−クよ、タルナスのもとへ飛べ。

そして、できるかぎり早く戻って来るんじゃ。」




いつの間にか、腕に止まっていた白い小鳥 に、竜は何かをささやき、

それを聞くとチ−クと呼ばれた白い鳥は、リマたちの頭を越えて飛び出していった。



それを目で追ってから、生き物の司はリマに言った。





「家を出てからのことを、すべて話すんじゃ。」



「でもお師匠さまは、王の兵士たちのことを知らないんです。

もし捕まってしまった ら・・・。」




「お前が考えておるほど、タルナスは無力ではない。

やつを捕まえることなど、誰にもできん。

それに、もし捕まったとしても、そこから逃げることなど簡単な話じゃ。

それより、おまえのほうが、やつには心配なはず。

よい。まず話すんじゃ。

それからわしが話そう。」



「はい。」





いろいろな想いを振り払って、リマは最初から話し始めた。


ボルじいさんの事、ズナゴムの事、魔術師オルサムの事、石の事、オレムの事、そして城での事・・・。




賢者バルカと呼ばれた者のところで、生き物の司はキラッと目を光らせたが、何も言わずに、リマの話を聞いていた。




すべてを話し終った時、生き物の司は、モムが飛ばされそうなくらい、大きなため息をついた。





「よく、わかった。わしの話は長くなる。

そこでお前は、多くの事を知るじゃろう。

しかし、森トロ−ルとコボルトに、そんなにひもじい目で見ていられては、ゆっくりと話もできん。

食事を食べてから、話はじめよう。」



生き物の司がそう言い終ると、今まで壁だと思っていたところが、ばたんと開き、

そこからとびっきりいいにおいのする、銀のお皿を捧げもった、エルフの乙女があらわれた。




「さあ、まず腹ごしらえじゃ。」


初めは遠慮していたズナゴムとモムも、そのおいしさに、場所も忘れておかわりをしていた。



リマは頭の中で、たくさんの事がうずまき、食事のおいしさもわからなかった。






食事が終り、エルフの乙女たちが、笑いながら皿をさげると、リマは待ち切れないように聞いた。


「生き物の司さま、今、何が起こっているんですか。

ぼくは、それとどんなつながりがあるんでしょうか。

それに・・・。」




「父のことか?」


「はい。」




「お前の生れる前の事から、話さねばならん。

お前の父と母は、このことに深く関わっておる。

よいか、楽しい話ばかりではないぞ。」



「教えて下さい。」





真直に見つめるリマの眼差しを受けると、生き物の司は話し始めた。



「まず初めに、古い話をせねばならん。

それはそう、もう二千年くらい前の話じゃ。


この世にはまだ王がおらず、ドワ−フたちはやたらと貴重な石を求めて、大地に穴をうがっておった。

そしてある日、やつらの穴は大地の中心にまで届き、

神々がこの世界を造られた時に、大地の中心に据えた二つの石を、掘り出してしまったんじゃ。

これこそ、神々の六つのル−ンのうちの二つ、光のル−ンと、闇のル−ンの絵具にほかならん。

光のル−ンは光の石、闇のル−ンは闇の石、それらがあって、初めてふたつは力となる。

そしてこのふたつこそ、この世界をかたち造った力なのじゃ。


ドワ−フたちは、永くこれを秘密にして隠しておった。

しかし、ド−ラスがどこからかこれをかぎつけ、闇の石を手に入れると、

この世を闇でおおいつくそうと、石を使い始めたんじゃ。


やつはその力を、バルダルという象に造り上げ、闇を世界にまき散らしていった。

わしは生き物の会議を招集し、これを打ち破る方法を考えた。

ここで、現われたのがメネラスよ。

全員の一致で、メネラスに光の石を託し、竜騎士とともに、ド−ラスを打ち破る事が決められた。


しかし、今もって不思議なのは、メネラスは光のル−ンを、ド−ラスは闇のル−ンを知っておった事じゃ。

それは、わしですら知らなかった。

それを知る者は、この世にただ一人、神々からそれを授かった、星々の司だけのはずなんじゃ。


まあ,それはよいとして、メネラスは多くの犠牲を出しながらも、ド−ラスをやぶり、バルダルを封印した。

闇の石は取り戻されて、二つは、虹の城の地中深く隠されたはずだったのじゃ。

それから、長い年月が経った。

最後の長によって虹の城が破壊され、そこが廃墟になっても、わしは目を光らせておった。

しかし、またドワ−フじゃ。

やつらの底抜けの明るさと、あのはかり知れない好奇心が、再び石を世に出してしまった。


デモというドワ−フが、知らずにトンネルを掘り進んでいるうちに、

虹の城の廃墟の下まで、迷い込んでしまったんじゃ。

ドワ−フの村では大騒ぎが起こり、困り果てた長老が、ここへ石を持ってくるまで、わしは何も知らなんだ。

地面の下から、もぐりこんだとは気付かなかった。

わしも長老の差し出した石を見て、仰天してしまった。

いろいろな事を考えたあげく、わしはそれを、星々の司のところへ預ける事に決めたんじゃ。

そこなら容易に近づけないし、間違いも少なかろう、とな。

わしは最も信頼できる竜騎士二人に、この大切な役目を頼んだ。

二人の名は、タラスとバルカじゃ。」




ここで、生き物の司は言葉を切り、リマの目をじっと見た。




リマは黙って大きくうなずき、生き物の司は、また話し始めた。


「タラスとバルカは、非常に仲の良い、親友同士であった。

わしは安心して星々の司への使いを、二人にまかせたんじゃ。

このふたりなら力を合わせて、きっと使いを果たせるであろうと信じてな。

確かに使いは果たされた。

二つの石は星々の司に渡り、ふたりは宮殿で、しばらくのんびりと体を休める事になったんじゃ。


そこでひとつ、話が違ってきてしまった。

星の精の中に、セレンというひときわ美しい乙女がいた。

夕暮れ時、南東に輝く美しい星じゃ。


彼女を一目見た時から、タラスとバルカの魂は、彼女のとりこになってしまった。


バルカはセレンに花を贈り、タラスは歌を贈った。

星の精は人と、いや、地上の誰とも愛しあう事など許されておらん。

初めはセレンも二人を避け、遠ざかろうとしたのだが、ついに彼女も、一人の男を愛するようになってしまった。


その男がタラスなのじゃ。


ふたりは星々の司の目を避けて、こっそりと会っておった。

しかし、それを知ったバルカは、怒りの余り、それを星々の司に告げたんじゃ。

星々の司は、ふたりを引き離そうとした。

が、それも無駄な事、ついには二人を認めて、宮殿のひと部屋を与えてやったんじゃ。



おさまらないのはバルカのほうじゃ。

ある夜、バルカは二つの石を盗むと、宮殿を逃げ出してしまった。

世界中に憎しみを感じながらな。

タラスは親友の失踪、そして闇の石を盗んでいった事を聞くと、深く悲しみ、そして悩んだ。

バルカを追いたい気持ちと、セレンとともにいたい気持ちにはさまれてな。

セレンはその時、すでにみごもっておった。

タラスは二日の間、食事もとらず、眠りもしないで考えたあげく、とうとうバルカを追う事を、決心したのじゃ。


星々の司はそれを許し、セレンも悲しみをこらえて見送った。

タラスから何の便りもないうちに、セレンが男の子を生んだのは、それから半年後のことじゃった。


タラスはその頃、東の山の洞窟で、必死に魔術を学んでおったバルカを見つけだし、親友と和解しようとしておった。

しかし、洞窟にこもるうちに、バルカの憎しみは凝り固まり、心は憎悪でねじ曲がってしまっていたんじゃ。

バルカは和解したふりをすると、油断したタラスを閉じ込め、セレンに便りを送った。

星々の司から二つのル−ンを盗みだせば、タラスを返してやろう、といってな。

生れたばかりの赤ん坊を抱えて、セレンは迷い、

そしてとうとう、闇のル−ンだけを探りだすと、金色のハトにたくして、それをバルカに伝えてしまったんじゃ。


バルカはその便りを見ると、喜び、そしてまた怒った。

まんまと闇の力は使えるようになったが、それだけでは、世界を破壊することはできても、自分が生き残ることはできん。

バルカは再び便りを送った。

が、今度はセレンにあててではなく、星々の司にじゃ。

光のル−ンを教えねば、闇のル−ンで世界を破壊するといってな。

星の宮殿は大騒ぎよ。

なぜ、闇のル−ンがバルカに渡ったのか、そして光のル−ンをどうしたものか。

セレンが、バルカに闇のル−ンを伝えた事はすぐに知れた。

星々の司は、セレンを赤ん坊と一緒に宮殿から追放し、彼女の星の明かりを消した。

そしてセレンはわしのところ、つまり、このレガンの洞窟へやって来て、タラスの帰りを待っておったんじゃ。


ほどなくタラスは帰って来た。

しかしそれは、バルカがタラスを放したのではない。

彼は自分の力で岩に穴を掘って、脱出して来たんじゃ。

その手に光の石を持ってな。

タラスとセレンはここで再会し、初めて自分の息子に会った。

それがリマ、お前と父親の初めての出会いなんじゃ。」




「セレンっていう人が、ぼくのお母さんなんですね。」



「そうじゃ。」


リマは、竜の大きな目を見つめると、はっきりと言った。





「お願いします。続きを聞かせて下さい。」





生き物の司は、また、話しだした。


「タラスはセレンから、自分がいなかった間のことを聞くと、もう一度、バルカに会いに行くと言った。

ラプレコ−ンを呼ぶと、その靴に光の石を隠し、セレンとともに旅立とうとしたんじゃ。

わしは竜騎士を三人呼び、ともに行かせようとした。


それが、城で会った銀の翼、ナリウスにロメルよ。


しかし、そこで悲劇が起こったんじゃ。

光の石を取り返されたと知ったバルカが、タラスを追って、ここまでやって来た。

そう、このレガンまでな。

このレガンとは、古えの言葉で、悲しみ、を意味する。


わしは多くの生き物の悲しみを見ながら生きてきた。

しかし、あの時ほど、生きる者の悲しみを、感じたことはない。


バルカは黒の長いロ−ブをまとい、影のようにここへ入って来た。

そして、タラスとセレン、二人のとなりで、すやすやと眠るお前を見た時、

バルカの顔は深い悲しみから、憎しみへと変わっていった。


彼は黙ってル−ンカ−ドを取り出すと、いかずちのル−ンを唱えたのじゃ。

稲妻が飛び出 し、それはタラスに向かって一直線に進んだ。


あっと言う間の出来事じゃった。


わしには何もしてやれなんだ。

大きな音とともに、いかずちが目の前に落ちると、そこに倒れていたのはタラスではなく、セレンだった。


彼女はとっさにタラスをかばって、飛び出していたんじゃ。


タラスが駆けよってセレンを抱き上げると、彼女は少し微笑んで動かなくなった。

呆然としていたのは、タラスだけではなく、バルカも同じじゃった。

バルカは顔を伏せると、飛び出していった。

三人の竜騎士が後を追い、わしは呪文を唱えた。

しかし、バルカは消えてしまっていた。

タラスの腕の中で、セレンはしだいに透きとおり、最後にちらっと光りを残すと、消えてしまった。

赤ん坊が泣き、タラスはそのまま腕の中を見つめていた。


次の日の朝、タラスの部屋はからっぽだった。

何の書きおきもなく、お前もいなかった。

タラスはタルナスのもとに、靴とお前を預けると、バルカのもとへ向かって行ったのじゃ。

それからのことは、わしにもわからんようになってしまった。」





リマは黙っていた。



そして考えていた。



父と母の話を頭の中で繰り返し、その愛と悲しみをかみしめていた。





そして母を愛したバルカの淋しさも。




「よいか。まだ話は終っておらん。

これからが、今の話になる。


バルカは長いこと、光の石が、わしのところにあると思っておったようじゃ。

そのために、やつは王に取り入った。

王を病にし、それを治してみせることで王の信頼を勝ち取り、

闇のル−ンが使える事をほのめかして、王をあやつった。

今では王は、やつの言いなりじゃ。

そして王の兵士を差し向けて、わしから光の石を取り戻そうと企んだんじゃろう。

それは城にいる銀の翼たちからの知らせで、知っておったがの。


しかし、わしを相手に戦うとなると、やつとしても慎重に慎重を期さねばなるまい。

どうやら、わしのほかに石を持っていそうな者たちを、すべて調べなおそうと思ったようじゃ。

その気配を感じたわしは、タルナスを呼んだ。

気をつけるように言ってやる事と、リマをこちらに連れて来てはどうか、相談するためにな。


しかし、バルカのほうが素早かったようじゃ。

ゴブリンたちを率いて、タルナスの仕事場を襲ったのは、やつに間違いなかろう。

またそれと同時に村々にふれを出し、タルナスを逃がさぬようにしたのも見事な手際じゃ。

しかし、やつがひとつ忘れている事がある。

それは、わしが生き物の司だということよ。

もしわしがここへ、誰かを呼びたいとしたら、ペガサスをやって、すぐにでもここへ招くことができる。

タルナスのようにな。

リマよ、おまえもそうして、ここへ連れて来るはずじゃった。」



「じゃあ、どうして今、お師匠さまにそうしないんですか。」



「やつにはやつの役目がある。

タルナスもわしの伝言を聞けば、それをさとるじゃろう。

そして見つかり、逃げながら、ここには来るまい。」




「なぜ、ここに来ないんですか。」



「ここへ来たら、石を持つお前を危険にさらすようなもんじゃ。

わしがおり、タルナスがおれば、石はここにあると誰しもが思う。

運命が動き始めておる。

その中で、タルナスは重大な役目を果たそう。

しかし今、まだやつの出番ではない。


ところでリマ、昔の話が終り、今の話も終った。

今度はこれからの話じゃ。

お前は竜騎士を父に、星の精を母にもった、はじめての人間じゃ。

まだ少年とはいえ、青の葉の儀式もすんでおる。

しかしお前は、まだ竜騎士ではない。

お前をここで竜騎士にする事は簡単じゃが、すでにお前はタルナスの弟子、絵具師見習じゃ。

わしはお前に命令をくだす事は出来ん。


ただ頼みたい。


それは、お前の父と同じように、星の宮殿へ行ってほしいという事なんじゃ。」




「ぼくにつとまるでしょうか。」



「星の宮殿へ行く道は険しい。

多くの危険をくぐり抜けねば、たどりつかんじゃろう。

わしもできるかぎりの事はする。

しかしそれは、気休めにしか過ぎん。

ただ、誰かが行かねばならんのじゃ。

光の石をたずさえてな。

そして、誰かが行かねばならんとしたら、わしはそれを、お前に頼みたい。

たとえ百人の竜騎士をそろえても、うまくはいかんじゃろう。

世界の秘密に関することには、力など何の足しにもならんのじゃ。」





「わかりました。やってみます。母のいた宮殿へ、父と同じ道を歩みます。」




「頼んでおいて言うのも何だが、必ず戻って来られる旅ではないぞ。それでもよいか?」



「はい。うまくいくかどうかは、わかりません。

でもそれが、ぼくの行くべき道のような気がします。」





顔をしっかり上げ、胸を張って、リマは生き物の司の前に立ち上がった。


母の死を聞いた悲しみや、行方の知れぬ父への想い、

もうタルナスには会えないかも知れないという淋しさが、リマの心に深く沈んでいた。





しかしその目は、それを乗り越えても、正しい道へ向かって進んでゆく強さに、きらめいていた。




生き物の司はそんなリマを見ると、悲しげに目を伏せて、地響きのようなうなりを上げてから、つぶやいた。



「みな、いつかは大人にならねばならん。

しかし、急に大人になれといわれたとしたら、それはたいそう悲しいことじゃなあ。」





生き物の司はリマに目を向けると、ことさらきびしい口調で言った。


「三日後の朝、旅立たねばならん。

道はその時教えよう。

一人で行くも、誰かを連れて行くもかってだが、帰れぬかもしれぬことは、覚悟せねばならん。

そして使いの目的は、星々の司に会って、光のル−ンを教えてもらうことじゃ。

バルカも、いきなり世界を破滅させようとはすまい。

きっと、ド−ラスと同じことをするはずじゃ。

すなわち、バルダルの封印を解き、その力を我が物にすることで、世界をおのが手に入れようとするに違いないんじゃ。

その時、バルダルを再び封じ込めるためには、光のル−ンを使わねばならぬ。

それ以外に方法はない。

行け。いってみごとその役目を果たせ。

リマよ、お前に生きる者すべての望みは託したぞ。」





リマは何も言わずに、深々とお辞儀をした。


「お前たちに部屋を与えよう。旅立ちの時まで、そこでゆっくりと体を休めるがよい。」





いつの間にかエルフの乙女が二人、リマたちの後ろに立っていた。


二人の後に続いて行こうとすると、生き物の司が言った。






「これから案内する部屋は、お前の父と母が使っていた部屋じゃ。それ以来、誰も使っておらん。」





リマはもう一度、お辞儀をすると、エルフの後について行った。


エルフの乙女たちは、出口の方に進み、ちょうど半分くらい来たところで立ち止った。






「こちらです。」


短くそう言って壁に手をふれると、壁は音もなく開いた。




エルフたちは二か所のランプをつけると、何も言わずに一礼して出ていってしまった。





部屋は岩をくりぬいて作ったもので、小さなテ−ブルがひとつ、

木でできたベットと椅子がふたつづつ、奥のたなには毛布が置いてあった。




三人は黙ってそこにたたずんでいた。



その時、モムが、テ−ブルに走り寄ると、そこに置いてあった小さなものを、手にとって叫んだ。





「リマ、これリマの、おとうさんと、おかあさんじゃない?」


リマはモムから奪い取るようにして、それを見た。




「おとうさん、おかあさん・・・。」




リマは、今までこらえていたものが、いっきにあふれ出てしまったかのように、ベットにうつぶして涙を流した。




それは小さな額に入れられた若い騎士と、美しい女の人を描いたきれいな絵だった。


騎士は銀色の鎧をつけ、女の人は白いゆったりとした長いドレスを着て微笑んでいた。


そしてその下には、それぞれ美しい文字で、タラス、セレン、と書き込まれていた。





ズナゴムはそっとリマの後ろにひざまずいて、やさしくその背中をなでた。


モムは心配そうに顔をのぞきこんで、ただ、リマ、リマ、と繰り返していた。





部屋はひっそりとして、ただランプの明りだけが、ときおり揺めいているだけだった。





少年の悲しみは、少年の父の悲しみと同じように、ゆっくりと部屋の空気にしみこんでいった。








洞窟の奥では、リマの悲しみを耳にした生き物の司、大竜ゴライアスが、

がくんと頭をたれ、目を閉じて大きな大きなため息をついていた。

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