七.


暗い階段はぐるぐると、どこまでも続いていた。



毛布にくるまれたリマは、真っ青な顔でがちがちと震えながら、二人の兵士にささえられて、その階段を降りていった。



モムとズナゴムには再びロ−プがかけられ、

後ろから長い槍を持った兵士に追い立てられながら、リマの後をよろよろとついていった。







「ここだ。入れ。」


ガシャ−ンという音が、やけに大きく響き、太い鉄の格子がはまった石作りの部屋に、リマたちはほうりこまれた。






大きな扉は厚い鉄でできており、ズナゴムが立ったまま通れるくらいに大きかった。


ほかに誰もいない大きな牢屋は、冷たく湿って、何か不吉な匂に満ちあふれていた。




「ここから出してよ。こんなところにいた ら、リマが死んじゃうよ。」


モムが格子にへばりついて叫んでも、声は空しく、暗闇に溶け込んでゆくだけだった。




「リマ、しっかりするだ。」


ズナゴムが抱き起こすと、リマはひと言、






「寒い。」





と言ったきり、ふるえていた。







「モムよ、二人でリマを、あっためるしかねえだ。」


「うん。」


三人は広い部屋のすみに、うずくまるようにして体を寄せ合った。




少し体が温まり、うとうとしかけたモムが、はっとして目を開けると、

太い腕でリマとモムを抱きかかえながら、ズナゴムが悲しそうな目で二人を見守っていた。




「リマは?」



「ねてるだ。すごく、くるしそうだよ。」

「ズナゴムも、少し眠った方がいいよ。」



「うんにゃ、おれは眠れねえ。

いつもおらがどじばかりふんで、おめえたちに、迷惑ばっかりかけちまっただ。

こんどはこそ、おらがおめえたちを、守ってやらなきゃなんねえ。

眠っちまって何度も失敗したで、きょうは眠らねえよ。

おめえは安心して眠ってくれや。」



ズナゴムは上を見あげて、誰に言うともなしにつぶやいた。




「おらあ、ばかもんだが、それがこんなに悔しいこととは、おもわなんだ。」


「そんなことはないよ。

ズナゴムがいてくれて、どんなに心強いかわからない。

きっとリマだって・・・。」



そう言いながら、モムは寝息をたて始めた。




「だれだあ。」


ズナゴムの大声でモムが目を覚ましたのは、

部屋の唯一の窓である、小さな明かり取りから、薄く光が差し込んできた頃だった。





「しいっ、静かにするんだ。」



そう言って大きな鍵で扉を開け、入ってきたのは、青の騎士オレムだった。


そしてその後ろには、白いガウンを着て、とんがり帽子をかぶったノ−ム、

さらにその後ろには、驚いた事に、たくましい上半身を、きらきら光るぴっちりした鎧でつつみ、

下半身は月の光りのような毛並を持った、馬の姿をしたもの、セント−ルの騎士がいたのである。




「おめえたち誰だ?」




「心配するな。

バルカさまのいいつけではあるが、私は誓いを果たさねばならない。

今ここにいるのは、医師のオレオン殿と、竜騎士の銀の翼殿だ。

さあ、早くオレオン殿に、リマをみてもらわなくては。」




「リマ、お医者さまがきただ。早くみてもらって、良くなるだよ。」


リマは苦しげに目を開けて、オレムの顔を見た。




「約束を果たしに、来てくださったんですね。」



「ここで約束を守らねば、私は一生後悔する事になる。

そして力をかしてくだっさったのが、ここにいる銀の翼殿だ。

この方は竜騎士なのだ。」




「オレムよ、そんな事より、はやくリマをオレオン殿に見てもらわねば。」



オレオンはしばらくリマのあちこちを調べていたが、

にこっと笑うと、ふところから小さなつつみを取り出して差し出した。





「疲れと緊張が、続きすぎただけですな。

とはいえ、ほっておいたら、やはり大変じゃ。

これを飲んで一日、二日ゆっくりしていれば、元気になるじゃろう。」




「よかっただ、ありがとうございますだ。」



「ところで、コボルトでも森トロ−ルでもよいが、ひとつ聞きたい事がある。」



白いあごひげをなでながら、セント−ルが聞いた。モムは身を乗り出して、首をかしげた。




「何ですか。」


「その少年は、リマという名か?」


「そうです。絵具師見習いのリマです。ぼ く、ずっといっしょに住んでいました。」







「ふむ、タルナスのところにいたんじゃな。して、父の名は何という?」



「それは・・・わからないんです。

リマも知らないんです。

赤ん坊の時から、タルナスさまのところにいましたけど。

ぼくも、その頃からいっしょに住むようになったんです。

いつものように、コボルト村に手紙が来て、

それを読んだ長老さまが、ここならお前にもつとまるじゃろうといって、ぼくを連れていってくれたんです。

それまでは、どこへいっても働かないって言われて、追い返されちゃったんです。」





「そうか。ちと、リマの毛布をとってみてくれんか。

いや、すぐに済む。

森トロ−ルよ、そんな顔で、にらまんでもよい。」





ズナゴムは、用心深くセント−ルをにらみながら、そっとリマの毛布を取った。


セント−ルは注意深くリマを見つめていたが、やがてその足元を見ると、さっと顔色を変えた。



「もうよい。毛布を掛けてやりなさい。」


不思議そうな顔をしているオレムなど、頭にないように、セント−ルは牢を出ていった。

オレムと医師も、急いでその後を追った。




「悪いが、ここの鍵を開けてやる事は出来ない。

バルカさまの審問に素直に答えれば、すぐにでも出られよう。

リマを大事にな。」



鍵を閉める時に、オレムはそう言うと、暗闇に消えていった。





モムがリマに薬を飲ませ、ズナゴムとその顔を見つめていると、また、誰かが忍びよる気配がした。


振り返ると、そこにいたのはセント−ルだった。





「何もいわんでいい。

しかしよく聞け。

何とかして、今日の審問は取り止めになるようにする。

そして明日の夜、迎えに来る。

ここから逃げるんじゃ。

訳は後で話すが、信じてくれ。

わしらは、お前たちの味方じゃ。」



セント−ルはそれだけ言うと、急いで戻っていった。


モムとズナゴムは少しづつ闇が追い払われてきた牢の中で、黙って顔を見合わせた。





干からびたパンと塩辛い干し肉、そして臭い水だけの粗末な食事を二回する間、

日時計のように、小さな窓からの光が動いてゆくだけで、何も起こりはしなかった。


訪ねて来る者もなく、食事を運ぶ番兵は、無表情に一言もしゃべらなかった。



リマは薬がきいたの か、熱も下がり、顔に赤味が戻っていた。



窓からの光もやがて消え、牢が暗くなる頃には、自分で起き上がれるようになり、三回目の食事をすべて平らげてしまった。



「大丈夫、リマ。」


「ズナゴムも、モムもありがとう。もう大丈夫。」

「ほんとによかっただ。おらあ、リマが死んじまうかと思っただよ。」



「それからリマ、聞いてくれる?」


モムはそう言って、昨日の夜の事、そしてセント−ルの約束の事を話した。






「・・・ていうわけなんだ。どう思う?何だかリマを見て、びっくりしてたよ。」




そのセント−ルは誰なんだろう。



この靴の事を知っているのかしら。


なぜ、ぼくのお父さんの事なんか聞いたんだろう。



頭の中で、たくさんの疑問が渦を巻き、うつむいたままリマは考え込んでしまった。





「また、具合が悪くなっちまっただか?」


「どうしたの、気分でも悪いの?」


心配顔でのぞきこむモムとズナゴムに気付いて顔を上げると、リマはことさら明るく笑って見せた。





「違うんだよ。大丈夫。

ただ、そのセント−ルに心当たりがないか、考えていただけだよ。

何だか、ぼくの事知ってるみたいだものね。」




「ああ、よかった。またリマの具合が悪くなっちゃったかと思ったよ。」


そう言って、モムは大きなため息をついた。




「でももう、そのセント−ルが来る頃じゃない?夜もだいぶ過ぎてきたよ。」






「おらあ、オレムの殿様のこと、信じられなくなっていただ。

でもちゃんと、来てくれた。

ろうやから、出してはくれなかったけんどもよ。

おらあ、ちっちゃこいころ、とうちゃんにいわれただ。

おめえ信じるか、信じないかっていったら、そりゃあ、信じたほうがいいに決まってる、ってな。

あのきれいなセント−ルにしたって、信じられねえ気もするが、

やっぱり信じる方が、いいんじゃねえのかなあ。

おらあ、むずかしいことはわかんねえけどもよ。」



「うん、そうだね。最初から疑うなんて、はずかしいことだよね。とにかく、待ってみよう。」






待っている夜は、時間が止まってしまったように、長く感じられた。


小さな窓から見える夜空は、雲にさえぎられ、月はもちろん、星すらも見えなかった。




牢の中は、まったくの闇であった。



どれくらいたっただろうか、右手に見える階段の方から、

かすかに、かすかに光が感じられ、ひたひたという音を殺した足音が聞こえてきた。




ごくり、とモムがつばを飲込む音が聞こえ、リマはその手を握りしめた。




光はだんだんとはっきりしたものとなり、ついに角から、ランプを下げたセント−ルが現われた。


小さな光がひどく明るく感じられ、リマは思わず腕をかざした。


その光の中にうかびあがったのは、セント−ルだけでなく、細い人影と、小さなずんぐりとした小人の三人だった。





セント−ルは牢の前まで来ると、後ろを確かめ、何百という鍵の束から一本をより分けると、鍵穴に差し込んだ。

重い音とともに扉が開き、銀の翼は、こっちへ来いというように手招きした。


リマはうなずくと、三人の後に続き、その後にモムとズナゴムが続いた。






長い階段を上り、幾重にも曲がったろうかを通り抜け、

セント−ルたちが立ち止ったところは、細いろうかのつきあたり、行き止りの場所だった。






「これはどういう事ですか。」


三人は振り返り、ランプでリマを照らしだした。



「あわてるでない。」

そう言ったのは、丸い兜をかぶり、真っ黒な長いひげをはやしたドワ−フだった。




「信じる事だ。我々は敵ではない。」

次に口を開いたのは、鎖で編んだ鎧を着たエルフであった。



セント−ルは黙って大きくうなずくと、行き止りの壁に向かい、

しばらく何かを捜していたが、やがて小さな穴を見つけると、そこにピンのようなものを差し込んだ。

それから三人は、リマたちの方に少しさがって壁を見つめた。




何かが、すれる音がしたかと思うと、行き止りになっていた壁が、きしむような音とともに上がっていった。




「行こう。」



リマたちが、呆然としたまま、立ちすくんでいると、エルフは振り返って言った。




「何をしている?早くしないと逃げられなくなるぞ。こっちだ。」



通路はなだらかな下り坂になっており、それがしばらく進むと、急な上り坂に変わった。


そして通路を上がりきったところは、古い鉄の扉がひとつあるだけの、小さな部屋になっていた。





「さあ、ここを出れば、城の外へ出る。」

セント−ルはそう言ってから、リマを見つめて言葉を続けた。




「時の流れは速い。

今は、小鳥の羽が燃え尽きるほどの時間すら、貴重なものだ。

しかし、ここで少しの間、話をさせてくれんか。


私たちがこんな危険をおかしてまで、なぜお前たちを逃がすのか、不思議に思ったに違いない。

そのわけを、これから話そうと思う。

リマよ、それはお前に、深く関わっていることなのだ。」





「ぼくに、ですか?」




「そう、たぶん私たちは、以前お前に、会った事があるはずなのだ。」




リマは、タルナスのところへ来た人たちを、心の中に呼び返しながら、三人の顔をかわるがわる見つめた。


しかし、心の中のどの引き出しにも、三人のうちの一人としてしまい込んではいなかった。




「ごめんなさい。わからないんです。それにもしかしたら、人違いではないんですか。」





「人違いではない。分からないのも無理はないが。

まず、その前に自己紹介しよう。

そちらの二人には昨日、私だけはお会いしたがな。

私は銀の翼、エルフはナリウス、そしてドワ−フの名はロメル、我々は竜騎士なのだ。」






「竜騎士・・・。」




「そう、最後の長によって、虹の城が失われた時、ほとんどの竜騎士は、城と運命を共にした。

六人の竜騎士公はすべていなくなり、竜騎士も数えるほどになってしまった。

私たちはその数えるほどしか残らなかった竜騎士の子孫なのだ。

長い年月のうちに、人に埋もれ、野に帰って、その数はさらに減り、

今、知られている者は、私たちをいれても、十指で足りるくらいになってしまった。

生き物の司によってその命を受け、すべての生き物を守るために命をかける、それが竜騎士だ。

王宮にいても、私たちは王に仕えているのではなく、すべての生き物に仕えているのだ。


ところでリマ、ひとつ聞いてもよいか。」




「はい。」



「お前のその靴は、どうやって手に入れたのだ?」


リマはどきっとしながらも、はっきりと答えた。




「お師匠さまからいただきました。ぼくの十二才の誕生日に。」


「十二の誕生日に、タルナスから、とな。」


エルフのナリウスは、感動したようにつぶやいた。


銀の翼は、ちらっとナリウスを見てから続けた。




「実はリマ、私たちは、以前にその靴を見た事があるのだ。

もちろんそれをはいていたのは、お前ではない。

その靴は私たちの仲間、それもほんとうに親しい友人が、はいていたものなのだ。

彼は竜騎士の中でも、最も勇敢で、しかもやさしい心の持ち主であった。

最後に会った時、彼はその腕に小さな赤ん坊を抱いていた。

まぶしげな視線を、その腕の中に落として、彼は私たちにこう言った。

これが私の息子だ、と。」



リマは、ただ黙って次の言葉を待った。



銀の翼はリマの視線を受け止めると、ゆっくりと、しかしはっきりと言った。





「その赤ん坊の名前は、リマという。」




ナリウスとロメルは、何かを思いだすような眼差しで、リマを見つめていた。

モムとズナゴムはしっかり抱き合ったまま、口もきけずに立ちすくんでいた。



リマは、何も見ていなかった。

前に立つ三人の竜騎士の姿が、ぼうっとかすみ、思わずリマはうつむいた。




「おとうさん。」



つぶやいた言葉とともに、大粒の涙が流れ落ち、後から後からあふれてきた。




おとうさん、ぼくのおとうさん、会ったことのないおとうさん。



ロメルが涙をかくすように、わざと荒っぽく鼻をこすると、ことさらいかめしく言った。


「リマよ、お前の父の名を教えよう。

お前の父は竜騎士タラス、人に生れながら、初めて星を手に入れた者、それがお前の父親なのだ。」





「もう、時がなくなってきた。

一番鶏が鳴くまで、あとわずかだ。

お前とはまた、きっと会う事になるだろう。


ここを出たら、まっすぐ生き物の司のところに行け。

それが一番安全だ。

この扉を出てから、南へ二日、西に四日いったところ、レガンの洞窟に生き物の司はいる。

生き物の司に会えば、多くの事が分かるだろう。

それとここに、食料やランプなど旅に必要な物が揃えてある。

これが今、お前たちにしてやれる、精一杯のことだ。

森トロ−ルのこんぼうも取り返しておいたぞ。

ズナゴムよ、これでリマたちを守ってやってくれ。」




銀の翼はそう言って、リュックをみっつ、ひとつはリマに、もうふたつはズナゴムに手渡した。




「リマ、がんばるのだ。

私たちは、いつもお前の味方だ。


十二才、竜騎士の成人の祝いの時に、お前はタラスの靴を受けたという。

その日、父親の大切な物をゆずり受け、少年は男として認められるのだ。

この成人の祝い、青い葉の儀式を受けた者だけが、竜の牙にかけて誓う事を許される。

タルナスは、竜騎士のならわしを知っていたに違いない。

青の葉の儀式など、とうに忘れられていると思っていた。

さっきはうれしかった。タラスの息子が、青の葉の儀式を受けたと知ってな。


さあ、行け。タラスの息子、絵具師見習いのリマよ。

すべての道は、お前のまえに開かれよう。」




ナリウスはそう言うと、鉄の扉をおした。



夜の冷たい空気が流れ込み、ランプの炎が踊るように揺れた。









聞きたい事が、たくさんあった。



どんな人だったのか、髪の毛は、瞳は何色?どんな声で、どんなしゃべり方?

そして、今はどうしているのか・・・。しかし、そんな想いを振り切って、リマは言った。



「ありがとう、みなさん。」




父の友人たちは、ゆっくりとうなずいた。



「行け。」



「はい。モム、ズナゴム、行こう。」


目の前には、真っ暗な森と、樹々の間を抜けてゆく細い道があった。


振り向くと、今出てきたのは小さな四角い建物で、その後ろには堀と壁、そして何十という城の塔が見えた。




扉はすぐに閉められ、そこからもれるランプの光も、見えなくなった。




リマはしっかりと前を見ると、思い切ったように森の中へ歩きだしていった。

                                                  
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