六. どんどんどん。どんどんどん。 「開けろ。 我々はレントル王の手のものだ。 聞きたい事がある。開けろ、開けるんだ。」 飛び起きたリマは、大きな物音にも負けず に、いびきをかいてるモムとズナゴムをゆりおこした。 奥の部屋からは小人たちと一緒に、オルサムがロ−ブをひっかけて出て来たところだった。 「まずいことになった。」 オルサムは短くそう言うと、リマに向かって 「わしが魔法で、やつらをごまかしておく。 ズナゴムには辛かろうが、奥の部屋の窓から逃げるんじゃ。 そしてここを出たら、南に行け。 細かい事を言ってる暇はない。 さあ、行け。」 「ありがとう。オルサムさん。それじゃあ、さよなら。おいしいス−プをありがとう。」 オルサムはにこっと笑いかけてから、扉に近づいた。 「これこれ、今開けよう。 扉はそんなに乱暴に叩くものではないぞ。 この扉も古くなっての、開きにくいんじゃ。」 リマたちが、奥の部屋に行ったのを見定めてから、オルサムはやっと扉を開けた。 どかどかっと入って来たのは、鈍く光る銀色の鎧に、 大きなライオンの刺繍がしてある、白いマントをはおった戦士たちだった。 「我々は、レントル王に使わされた探索隊だ。絵具師のタルナスという者を捜している。」 そう言って、がっしりした体格の隊長らしい男は、レントル王の署名のある紙を、オルサムに突き付けた。 「ほう、これはこれは。 あのタルナスを、ですかな。 しかしわしはそう、三月ほど前に、絵具を買ったきりですぞ。 なぜこんなところに来なすった?」 「昨日宿屋で、タルナスの弟子だという少年を、見た者がある。 そしてその少年を、お前が連れていくところもな。 さあ、その少年はどこにいるんだ?」 そのとき奥の部屋の方で、ベリベリベリ、ドシ−ンという音が聞こえた。 「あっちだ。みんな急げ。」 オルサムが止めるまもなく、彼らは奥へ走って行った。 「しまった、間に合わんか。」 オルサムはポケットから、薄い黄色で何かが書かかれているカ−ドを取り出すと、大きな声で言った。 「メルクリ・ト・ベル」 するとカ−ドから夕焼けのような光が飛び出し、隣の部屋に入ろうとしていた戦士たちに降りそそいだ。 彼らはみな、あっと叫ぶと、そのまま、動かなくなってしまった。 「か、身体が動きません、オレム殿。」 「この魔術師め、魔法を使ったな、くそっ、何をしている、早く外に回って追うんだ。」 オレムと呼ばれたその隊長は、動かなくなった仲間を見て、扉から入ろうとはしない者たちにどなった。 「よそのうちに、主人の許可なく入ろうとすると、こうなるという事じゃ。 彼はただの少年じゃ。 追っても何もなるまいて。 どうじ ゃ、みのがしてはくれんか。」 「動けるようになったら、きさまから捕まえてやる。」 「愚か者が。 魔術師を捕まえるのに、たったこれだけの人数で足りると思うてか。 まだまだ若いの。 しかしそこにおられては邪魔で仕方がない。どれ。」 今度は濃い緑色のカ−ドを出して、オルサムはル−ンを唱えようとした。 「何をする気だ?」 「慌てるでない。何もせんよ。 ただ家の外に出てもらおうと思っての。 シャリル・トロム」 カ−ドから出てきた薄緑色は、戦士たちの回りを漂ったかと思うと、引きずるようにして扉の外へ押し出した。 「これでよし、と。 しかしリマたちは逃げられたじゃろうか。 まあ考えても仕方のない事じゃ。 あと、わしに出来ることといえば、無事を祈る事くらいじゃて。 リマよ、頑張るんじゃぞ。」 オルサムは、壊れて枠まで取れてしまった窓から、リマたちの逃げて行った方を、いつまでも見つめていた。 「ふう、ここまでは、もう追ってこないだろう。」 「旅は疲れるだ。」 三人はオルサムの家から一ク−ンほど南に行ったところで、坐り込んでいた。 「でもさあ、リマ、何でぼくたち、王さまの兵隊から、逃げなくちゃなんないの? 何も悪い事なんかしてないんだもの、捕まったっ て、すぐに離してくれるよ。」 「違うんだ。 昨日の夜、オルサムさんと話した時に分かったんだよ。 ぼくたちにとって、もう王さまの兵士たちですら、安全じゃなくなってるんだよ。 モム、ズナゴム、そのつもりでいて。」 モムとズナゴムは、それを聞いて驚いたように顔を見合わせたが、 リマが真剣に話している事が分かると、リマを見つめて大きくうなずいた。 「おら、丸太をさがしてくる。 今まで、おらはじゃまものだったけど、これからは、おらがやくにたつ番だ。 てぶらじゃなんだでよ、こんぼうでもこしらえるだ。」 「あんまり遠くへ行かないで。何が起こるかわからないからね。」 昨日と同じようないい天気だった。 柔らかな風に吹かれて、横になっているうちに、リマもモムも、いつしか眠りに落ちていた。 「起きろ。起きるんだ。」 はっとしてリマが目を開けると、真っ先に目に入ったのは、鋭くとがった剣の先だった。 あわててあたりを見回すと、まわりはぐるりと兵士たちに囲まれていた。 リマは剣の切っ先をよけながら身を起こすと、まだ隣で眠っているコボルトを、ひじでつっついた。 「ううん、もうごはん?」 ねぼけながら目をこすって、起き上がったモムも、あたりの光景を見ると、ぱっちりと目を開けた。 「いけない、ぼくたち眠っちゃったんだ。」 「そう、でもいけなくはないぞ。おかげでお前たちを、見つけることができたんだからな。」 剣を突き付けながらそう言ったのは、オレムという隊長だった。 「それから、あのでかいのはどうしたんだ。見当たらないようだが。」 オレムがそう言った時、うお−っという雄叫びが聞こえた。 「おらのだいじなちびすけたちに、なにするだあ。」 森トロ−ルの怒りのすさまじさは、リマたちですら呆然とするほどのものだった。 どこでこしらえてきたのか、重そうな削ったばかりのこんぼうを持ち、森トロ−ルは突進してきた。 兵士たちも思わずあとずさりし、すがるようにオレムを見た。 「心配せんでよい。 おい、そこの森トロ−ルよ、止まれ。 こいつらがどうなってもいいのか?」 ぐいっと剣が、リマに突きつけられるのを見て、ズナゴムは立ち止った。 「よし、こいつらを縛るんだ。これから城に戻る。」 「オレム殿、あのでかぶつも縛るんですか?」 「そうだ。あの身体で暴れだしたら、かなわんからな。 それと、そのこんぼうは拾っておけ。 バルカさまの言いつけだ。 何も残しちゃいかん、とな。 さあ、準備ができしだい出発するぞ。」 リマとモムは手を縛られ、ズナゴムは太いロ−プでぐるぐる巻きにされて、 兵士たちに囲まれたまま立ち上がった。 オレムは若い兵士の引いてきた栗毛の馬に、ひらりとまたがると、号令をかけた。 「出発。」 領主の館を素通りし、夜になっても、オレムは止まろうとはしなかった。 食事のための休息が二回、リマたちを縛ったロ−プを点検するのに立ち止った事が三回、 しかし、兵士たちは一言の不平ももらさず、黙々と足を動かすだけであった。 そして、やっと野宿の号令がかかったのは、夜もその半分が過ぎた頃だった。 「旅が、こんなにくたびれるもんだとは、思わなかっただ。」 ズナゴムが、どしんと腰を下ろして言った。 「楽だったのは最初だけ。 頑張ったり、追いかけられたり、連れていかれたり。 こんな事なら、家で待ってた方がよかったよ。」 「がまんしよう。ね、モム。 あそこにいても、きっといい事はなかったと思う。 とにかく、始まってしまったんだから、あとは一所懸命やるしかないんだ。」 「がんばったな。絵具師見習よ。」 いつのまにか、オレムが後ろに立っていた。 「きついとは思ったが、何しろ大至急の命令だからな。 今日くらいの調子で行けば、あと三日後の夜には、金の城の尖塔が見えるだろう。 それまでの辛抱だ。 それにタルナスについて、知っている事をすべて話せば、すぐにでも釈放されるだろう。 あの魔術師が変な真似をしなければ、私だって手荒な事はしたくなかったのだ。 今日のやり方が、戦士として誇れる事だとは思われんからな。 ところで、まだお前たちの名前を聞いていなかった。」 「ぼくは絵具師見習のリマ、コボルトの名前はモム、森トロ−ルはズナゴムです。」 「そんなに、かたくならんでいい。私はオレム、青の騎士団のオレムだ。」 「オレムさん、なぜ王様は、お師匠さまを捜しているんですか。 それもこんなにきびしく。 お師匠さまは、何も悪い事なんかしていません。」 「それは私に聞いても分からない。 私はただ、王の側に仕える、賢者バルカさまの命で任務を果たしているだけだ。」 「賢者が、王の側にいらっしゃるのですか。」 「そう、バルカさまは、最後の長以来、絶えていなかった賢者なのだ。 その知恵と力は、王ですら尊敬なさっている。 私のような戦いしか能のない人間には、そのなさることの意味など、分かりはしないさ。 もし逃げる事をしないと誓えるなら、ロ−プは解こう。 あとの二人も同じだ。 これは少し、おしゃべりをしすぎたか。 ではおやすみ、絵具師見習いのリマよ。明日も早いぞ。」 それからの二日間は、むさぼるように食事をし、 それが終ると、古い石畳の上で足を交互に動かす、その繰り返しだった。 二日目にロ−プはほどかれたが、その時には、もはや、それを楽になったと感じる余裕すらなくなっていた。 その日の午後になると、リマたちの気持ちを映すかのように、 空も黒い雲におおわれてゆき、しまいには霧のような雨が、すっぽりと一行をつつみ込んでしまった。 額に張り付いた髪の毛をつたってくる雨を、ぬぐう気力すら失せて、リマは早く城に着けばいいとさえ思い始めていた。 モムはとうとう歩けなくなり、ズナゴムに抱かれていた。 ズナゴムは片手にこんぼうをさげ、片腕でモムを抱きながら、それでも前をしっかり見つめて、リマの後ろを歩いていた。 ふさふさしていた体中の毛が、すべてぴったりと張り付いてしまったズナゴムの姿は、 それまでの半分くらいに、縮んでしまったかのように見えた。 兵士たちは、その顔に疲労をにじませながらも、足どりひとつ乱さずに、金の城を目ざしていた。 3日目の朝だった。 昨日と同じように、空腹で目が覚めると、リマは坐り込んだ。 空腹なのに食欲はなく、立ち上がろうとするのだが、体はそこに根が生えたように動かなかった。 「どうしたんだ?食べないともたないぞ。」 いつも食事を運んでくる、金色の巻き毛をした兵士が、リマの様子に気付いて声をかけた。 自分の皿の中ばかりを見つめていたズナゴムも、その声にはっとしてリマを見た。 「だいじょうぶだか?」 「ねえ、リマ、どうしちゃったの?」 「うん、体が動かないんだよ。何だかだるくて。」 リマの額に手を当てると、その兵士は「すごい熱だ。」ひと言そうつぶやいて、走り出した。 「オレム殿、少年がすごい熱です。どこかでやすませなければ。」 「なに、リマが。」 「少年に、この先、道を続けさせるのは無理です。 ここまででも、よくがんばったものです。」 オレムは腕を組んで考えていたが、顔を上げると、リマのところへ足早に近づき、膝を折ってしゃがむと、その顔をのぞき込んだ。 「リマ、絵具師見習のリマ、どうした?」 「ああ、オレムさん。少し休めば大丈夫。少しだけ・・・。」 ぐらりと揺れると、リマはそのまま横に倒れた。 「リマ!」 モムとズナゴムは同時に叫んで、リマににじり寄ったが、 リマは返事も出来ずに、ただぜいぜいと、苦しげな息をしているだけだった。 「毛布を持って来い。 あるだけ全部だ。 そして少年の体を拭いて、私のところへ連れてこい。」 「オレム殿、ここから一番近い村はオレド−ル公領のバルビナです。 そこに行けば医師もいるでしょう。 馬をとばせば、半日で着きます。」 「余計な事は考えんでいい。 半日でそこまで行き、そこでこの少年の回復するのを待つつもりか。 そんな時間はない。 金の城まで、急げば今日中には着く。 城には王の医師団がいるし、そこでゆっくり休めば良い。 さあ、急ごう。出発だ。」 オレムは毛布を何枚も巻き付けたリマを、抱きかかえて、馬にまたがった。 「殿様よう、リマは死んじまうんじゃねえだか?」 「リマをお医者さんにみせてよ。」 モムとズナゴムはほとんど泣きそうな顔で、オレムに駆け寄った。 「心配するな。リマは私が何とかする。 城に着いたら、最高の手当をするように計らおう。 騎士の約束だ。 青の騎士の名にかけて誓う。 心配するんじゃない。では行くぞ。」 オレムは馬にひとむちくれると、走り出した。 「遅れた者は後から来い。」 兵士たちは、いっせいに立ち上がると、馬の後に続いて駆け出した。 ズナゴムは急いでモムを抱きかかえると、 二、三歩走り出してからあわてて引き返し、こんぼうをひろうと、兵士たちの後を追いかけた。 「ほ−い、まってくれ。」 休息は一度もなかったし、誰も立ち止ろうとはしなかった。 ズナゴムは滝のような汗を流し、かみしめた厚いくちびるから血を流しながらも走り続けた。 初めは一番うしろを走っていたのだが、 夕方のない夜を迎える頃には、兵士たちのはるか先、オレムの馬の隣に並んでいた。 星も見えぬしめった夜に、オレムはいきなり馬を止めた。 「開門。」 ズナゴムとモムが、驚いて前を見ると、 そこは大きな堀の前、見あげれば黒々とした高い壁がどこまでも続いていた。 大きな門の上の方に、たいまつの明りがともったかと思うと、 がらがらがらと何かを降ろす音がして、大きな扉がこちら側に倒れてきた。 扉は両側に付いている太い鎖で上げ下げするようになっており、すっかり下りきると、それが堀を渡す橋になるのだった。 「青の騎士オレム、ただいま戻りました。」 番兵の間をすりぬけて中庭に入ると、あわててばらばらと出てきた衛兵たちに、オレムはどなった。 「急げ。病人をかかえているのだ。医師団を叩き起こして来い。」 「何者だ。」 「あやしいやつ。」 「ここをどこだと思っている。」 衛兵に取り囲まれているモムとズナゴムを振り返り、オレムは残りの力を振り絞って言った。 「そやつらは、私が連れてきたのだ。 危険はない。 さあズナゴム、こっちへきてリマを運ぶのを手伝ってくれ。」 「よく戻った、オレムよ。」 正面の階段の人影を見ると、左手でリマを抱いたまま、 オレムはぬれた地面に片膝をつき、右手を胸に当てて最高のお辞儀をした。 「これはバルカさま、わざわざおでまし頂かなくとも、このオレム、参上致しましたものを。」 「堅苦しいあいさつはよい。その者どもは何ものだ?」 「わが腕におりますものは、絵具師見習いのリマ、森トロ−ルとコボルトは、その連れでございます。」 「ほう、今どき、絵具師見習いとは珍しい。 しかし私は、絵具師タルナスを捕らえて来いと言ったと思うが。」 「この者は、そのタルナスの弟子なのでございます。」 「何?タルナスが弟子をとったというのか。 それはなおさら珍しい。 よろしい、すぐに尋問にとりかかろう。 オレムよ、すぐにその者たちを、地下の牢にいれるのだ。」 「少しお待ちを。 今、このリマは病に苦しんでおります。 とりあえず医師の手当を受けるよう、お願いいたします。」 「考えるのは私の役目だ。 おまえは私の命に従っていればよい。 良くやった。下がってゆっくり休んでよいぞ。」 「しかし・・・。」 「下がれといっているのだ。」 「はっ。」 衛兵の手にリマを渡すと、オレムは宿舎へ歩きだした。 「オレムのとのさまあ。リマはどうなるだ あ。おらたち、おらたち・・・。」 「話が違うじゃないか。オレムのうそつき。何が青の騎士にかけてだよ。」 衛兵たちに取り押えられながら、抵抗する元気もなく、ズナゴムとモムは、オレムの後姿に向かって叫んだ。 オレムはちょっと立ち止り、両手をぎゅっと握りしめたが、 そのまま振り向きもせずに、かつかつと靴音をひびかせて、城の奥へ消えていった。
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