五.




「もうヘトヘト。少し休もうよ。」




モムがそう言って坐り込んだ時には、太陽もほとんどゴ−ラル山脈にその顔を埋め、

青に解けた夕日の赤が、最後の明るさを残すだけとなっていた。





「もう少しだから、がんばろう。

ほら、あそこに小さく明りが見えるだろう。

あれは小間物屋の大ランプだよ。

あそこがギリッシュの村だ。

本当にもう少しのがんばりだよ。」


そう言ったリマでさえ、額からは大粒の汗が流れ、片足をひきずっていた。



ズナゴムは丸太のような腕でひたいを拭くと、大きくため息をついて一こと言った。




「腹がへっただ。」




「さあ、みんな、もうひといき。」




そう言ったリマを先頭に、三人はよろよろと歩きだした。




最後の一ク−ンを歩いている時間は、三人にとって一年もかかったように感じられた。


そしてやっと、村の目印になっている大ランプの下まで来た時には、三人とも坐り込んでしまっていた。




あたりはすっかり日が暮れて、家々の窓からは暖かい光がこぼれだしていた。


しばらくだまって坐り込んでいたリマは、ゆっくり立ち上がると、ぽつりと言った。




「宿屋へいこう。」




宿屋という言葉が、モムには湯気の立つはちみつジュ−スを、

ズナゴムには、にわとりの丸焼きを思い出させ、二人は同時に、信じられないくらいの元気さで立ち上がった。







ギリッシュに宿屋は一軒、麻の袋亭というところがあるだけで、

仕事を終えた農夫や、旅をするドワ−フの職人たちで、いつもにぎわっていた。

リマも絵具の材料を捜しに旅をした時、タルナスに連れられて、何度か立ち寄ったことがあった。



三人は暖かい部屋と食べ物を想って、麻の袋亭へ、重い足を引きずっていったのだった。



看板代わりに、大きな麻の袋が下がるドアの前まで来た時には、

三人の頭の中は、ベットと、はちみつと、にわとりで一杯だった。




リマが重たいドアを開くと、ドアについている鐘が、ガランガランと音を立てた。



「こんばんは。」



中は人で一杯だった。



大きなビ−ルのジョッキを、机に叩きつけるようにして大声を上げている農夫や、

ひそひそと顔を寄せ合って、みけんにしわを寄せている旅の商人、

ドワ−フたちは少し離れたテ−ブルで、もくもくと食事をとっていた。




この宿屋の主人であるダルカンは、でっぷりふとった赤ら顔の男で、

それがもとは白だったとは、とうてい思えないようなエプロンをして、忙しく客の間を走り回っていた。




「こんばんは。」



もう一度リマが声をかけると、やっと気が付いたように、エプロンで手を拭きながらダルカンはやって来た。




「はいはい、おまたせですな。」


そう言ってリマを見たとたん、驚いた顔を し、ちらっと後ろを振り返ってから、厳しい声で言った。





「帰ってくれ。今日はもう満員だ。忙しくてな、またにしてくれ。さあ帰った、帰っ た。」



「ダルカンさん、ぼくです、リマ・・・」



ドアはばたんと閉められて、リマはわけも分からずに、ただ立ちつくしていた。



「おらがいたからかもしんねえ。」


ズナゴムが、これ以上がっかりする事はないような顔で言った。




「そんな事はないよ。

ここに、セント−ルが泊まっているのを見たことだってある。

それにダルカンさんは、ぼくのこと知ってるはずなのに。

もう一度入ってみるよ。」




リマは、まだ何が起きたのか信じられずに、ドアを開けた。

もう一度ガランガランという音がして、今度は中にいたみんなが話を止めて振り返り、リマのほうを見た。

ダルカンは困った顔をして飛んで来た。




「ダルカンさん、ぼくです、リマです。絵具師見習の・・・。」


「何度も言ったろう。今日はだめだ。」




「食べ物だけでもいいんです。お願いしま す、ダルカンさん。」


「さあ、とっとと出ていかないと、追い出すぞ。」




涙が出そうになるのをこらえながら、リマは麻の袋亭を離れた。

モムとズナゴムも、しょぼしょぼとそれに続いた。

何とか食べ物だけでもと、顔見知りの家の扉を叩いてみても、明りのもれる家から返事はなかった。






三人はとうとう村はずれまで来て、空腹と疲れで坐り込んでしまった。


そのとき近くの家で、バタンと扉の開く音がした。




「それではお大事にの。

いやいや、あれは魔法などではない。

ただの薬草じゃ。

礼など、ごちそうになったシチュ−だけで十分。

熱は明日になれば下がるじゃろう。

おっと言い忘れるところじゃった。

前から頼まれていた、雌牛がたくさん子を産む魔法は、かけておいたでの、それではおやすみ。」



女の人が何度もお礼を言う声が聞こえると、扉を閉じる音がして、また静かになった。




サクッサクッという軽い足音とともに、家の角からランプの明りが現われ、リマたちの方へ近づいて来た。




「何じゃ、そんなところに誰かおるのか。」


かかげた小さなランプの光に照らしだされたのは、

長いマントを頭からかぶり、くるりとまるまった白いあごひげの年寄りだった。




「オルサムさん!」


「なんとこれはリマか。

どうしてこんなところにおる?そこにいるのは誰じゃな。」



「家にいたコボルトのモムと、それから森トロ−ルのズナゴムです。」


「ふうむ、まあよい。こんなところで何をしてるんじゃ。」


「実は麻の袋亭に泊まろうと思ったんですけど。」




「そりゃあ無理じゃ。

お前は何も知らんようじゃな。

よしわしの家においで。

どうせその顔では、何も食べていないんじゃろう。

ス−プくらいはごちそうできようて。」




「いいんですか。」


「はようせんかい。こっちじゃ。」




ほとんど驚きに近いくらいのうれしさに、思わず振り向くと、

後ろに座っていた二人は、ス−プという言葉で、もう立ち上がっていた。






魔術師オルサムの家は村の外れ、小さな林の脇に建っていた。



オルサムはタルナスのお客の中でも、

もっとも親しく訪ねて来る魔術師の一人で、小さい頃からリマを孫のように可愛がっていた。




タルナスにないしょで、いましめのル−ンを教えてくれたのは、オルサムだったのである。




「わしじゃ。今日はお客づれじゃぞ。」


オルサムが厚い木の扉を開けると、中からにぎやかな声が聞こえてきた。




「じいさんのお帰りだ。早くかたずけねえと大変だ。」

「おいら、いやだよ。おしおきで、びんに閉じ込められちまうのは。」

「靴、靴をそろえなくちゃ。」



大騒ぎとはうらはらに、部屋はきちんとかたずいていて、三人の小人たちがオルサムを見あげていた。




「遠慮はいらん。

入ってくれ。

おまえたちには話さなきゃならん事もあるでの。


さあ、ドル、タル、ポム、お客さまはおなかがお空きじゃ。

何か食べるものの支度をしてくれ。

わしはジョスのとこの奥さんに、ごちそうになってきたからよい。

ああ、それから何といったかの、森トロ−ルよ、扉を壊さんようにな。」



「ズナゴムといいますだ。」


体を折り曲げるようにして、扉と格闘しているズナゴムは言った。


「大丈夫?入れる?」

モムが心配そうに言った時、ズナゴムの体は何とか扉を壊さずに、内側におさまっていた。





「まあ、みんなくたびれておるじゃろう。

とにかく座るがよい。

ズナゴムにあう椅子はないが、床に座った方が楽じゃろう。

さて、ス−プができるまで、ちと、話でもしよう。

ところでリマよ、タルナスは何をしたんじゃ?」




「えっ、何をしたって、どういう事ですか。」




「うむ、実はそう、あれはさきおとといのことじゃったかな、

王の兵士が十人くらいでこの村を訪れた。

そして村人を集め、何と言ったと思う?


タル・エッサ・ロムの外れに住む、タルナスという絵具師を見つけた者には褒美を出す、と言うんじゃ。


それだけなら、王がまた何か大事な絵具を、入用になったんだろうとしか思わん。

しかしその後で、かくまった者は重い罪に問われるだろう、と言うんじゃ。

これではまるで、罪人の扱いではないか。


ダルカンおやじが、タルナスの弟子のお前が来た事を、

兵士に知らせず、中にいれなかったのは大変な好意よ。


まあ、この村の者は、みなタルナスの世話になった事があるとはいえ、

おまえを兵士に差し出そうという、ばかものがおるとも知れん。

わしは、やつがもめ事を引き起こしたとは思っておらんが、

大部分の村の者は、さわらぬハチは刺しはせぬ、じゃよ。

王の兵士などに関わりあっても、ろくなことはありゃせんからの。

そこで話は戻るが、タルナスは無事か?」




「分からないんです。」



リマはそうつぶやくように言うと、また、一部始終をオルサムに話した。


魔術師は自慢のあごひげを撫でながら、深く考えているようだった。


話が終ると、ダルカンはしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。



「リマよ、わしはうかつにも、お前から話を聞いてしもうたが、

もうこれからは、よほどの事がないかぎり、その話はせんほうがよい。

わしなどには分からん、大きな事が始まっているようじゃ。

おまえはその渦の中心におる。

これから会う者は、たとえ今まで見知った者ですら、お前に、

いや、お前やタルナスを含めたすべての良き者に、害をなすとも限らんぞ。

心せねばなるまい。


タルナスか。

わからんじじいじゃ。

しかしその叡智は、わしなどの遠く及ばんところにある。

まあ、今夜はゆっくりくつろいでから、明日はそうそうに旅立つが賢明じゃろう。」





「熱いぞ、熱いぞ。世界一まずいス−プ だ。」

「こちこちパンも見つけたぞ。」

「靴はきちんとはかなくちゃ。」

オルサムがちょうどそう言い終った時、小人たちが大きな鍋を運んで来た。



「暗い話はもうおしまいにしよう。

あんな事を言っておるが、こやつらの料理の腕は一流じゃ。

さあ、たんと食べて元気を出せ。」




ズズズズズッ。



大きな音はズナゴムがよだれをすすった音だった。



みんなはそれで大笑いし、楽しい食事が始まった。

世界一まずいス−プをリマは3回、モムは4回おかわりしたし、こちこちパンは、焼きたてで、ふかふかだった。




ズナゴム用にはス−プはひと鍋、パンは山ほど出されたのだが、

リマが食べ終った時には、それがうそのように、きれいになくなっていた。



食事も終る頃になると、小人たちはモムと手をつないで踊ったり、ズナゴムに登ったりして、大騒ぎだった。


オルサムも手をたたいて、リマと一緒に大笑いした。




「ところで、オルサムさん、ドルとタルはドワ−フでしょ?

靴の事ばかり言っているポムは、なに小人なの?

ひげがないからドワ−フやノ−ムじゃないし、コボルトとも違う。」



オルサムは、大笑いした涙を拭きながら言った。



「こんなに大笑いしたのは、何年ぶりかじゃ。

そうそう、ポムの事じゃったな。

リマは靴小人、ラプレコ−ンは知らんかな。」




「靴小人?いいえ。」




「かも知れん。

やつらはだいたいが少ない種族じゃ。

それにたいそうな恥ずかしがりやときておる。


かれはラプレコ−ン、靴小人のひとりよ。

やつらの考え方は、すべて靴にもとずいておる。

生活のすべてが、靴のためにあるんじゃよ。

しかし、彼らの造った靴は上等じゃ。

今ではそれこそ王か領主でなくては、買えんようになってしもうたがの。

何をかくそう、このわしの靴も、靴小人の手によるものじゃぞ。

三十年はいておるが、糸一本、ほつれんわい。

そうじゃ、リマ、こんな歌は知らんか。」





オルサムはそう言って歌いだした。




トッファ・ラ−ガル・ドゥ−

小さなものや大きなもの

トッファ・ラ−ガル・ドゥ−

歌おうよ、ひとつの輪

妖精族に小人族

人間族に動物たち

トッファ・ラ−ガル・ドゥ−



はじめは天にうまれたものを

ペガサスは、神々の運び手白き翼で世界を駆ける

恥ずかしがりやはユニコ−ン

長い角もつきれいな白馬

竜こそが、もっとも長く生きるもの

すべての叡智は彼らに眠る



次は大地にうまれたものを

岩からうまれた巨人たち

力はあるけど、知恵はない

きれいな石からうまれたのは

光りをきらう悪魔たち

悪のル−ンを守ってる



さてさて今度は死にゆくものを

悲しいさだめは人間族

光りと闇のはざまにゆれる

うつくしいのは妖精族

エルフはやさしい木々の精

いたずらピクシ−花の精

ナイア−ドにドリア−ド

ニンフのつぎはフェアリィだ

すべてのものからうまれでる

こりゃあ、かなわん、終らない

それではちびっこ小人族

黒ひげ、がんこなドワ−フ小人

白ひげ、年寄り、物知りノ−ム

コボルト小人はきれいずき

おそうじ、お料理だれより上手

ラプレコ−ンは靴屋さん

いつでも靴をつくってる







「どうじゃな、まだまだ続くんじゃが、すべて歌おうと思ったら、三日や四日はかかろうでの。

これは大地の女神クシャルが、この世に命を吹き込んだ時、

彼女に仕える道化師フラックが歌ったものなのじゃ。

おや、森トロ−ルとコボルトはもうお休みかな。

リマも疲れておるじゃろう。

わしも、もう寝るとしよう。」



「じいさん、じいさん、この靴を見てくれ。」


そう言って、テ−ブルによじ登って来たのは、靴小人のポムだった。



「何じゃ、靴の話なら明日にせい。

リマはこれから大変なんじゃ。

お前も、もう寝るがよい。」



「ぼくなら大丈夫。ねえポム、靴が一体どうしたの?」



「間違いないぞ、間違いない。」


ポムはそう言いながら、リマの靴のまわりをぐるぐる回ると、うなずいた。




「これは靴小人の作ったもんだ。

間違いないぞ。このポムさまが言うんだ。」



「うん、これはお師匠さまからもらったものだから、そうかも知れないね。」



「ほう、リマの靴は、ラプレコ−ンの靴じゃったか。

これからの旅には、何より心強い事じゃぞ。」






「ところが!」


ポムは思いっきり、大きな声で怒ったように叫んだ。


それはいびきをかいているズナゴムが、びくっとするくらい力強い声だった。




「違うんだ。

こんな歩きにくい靴、僕たちが作るはずない。

底は厚すぎるし、かかとは高すぎだ。

糸だって靴の底ばっかりに使ってあって、かんじんなところは、最低限しか使ってない。

これだって五十年や六十年はもつだろうけど、靴小人の靴は、そんなものじゃない。」



「ふうむ。リマ、その靴をちとぬいで、ポムに見せてごらん。」


「はい。」


リマはひもを解いて靴をぬぐと、ポムの前に置いた。





「ポム、何か分かるか?」


オルサムが尋ねると、靴のあっちこっちをさわっていたポムが、突然、うん、とうなずいて右の靴のかかとをいじりだした。




「あっ。」



「なんと!」




右のかかとは、ポムの小さなとんかちで何か所も叩かれると、ポロッという感じでとれてしまった。


そして中のすきまから、直径六リル、厚さ一リル、

親指の爪より少し大きいくらいの、丸い石が転がりだしたのだった。


それは光によって、明るい緑色から銀色へ、そして紫がかったと思うと深い赤に変わっていった。




「オルサムさん!」


「こ、これは・・・。」



自分の身体をしっかりつかむように、両腕を組み、オルサムはふるえていた。




「ははっ、どうだい、こんなものを靴に入れてるから・・

あれ、じいさん大丈夫かい?

おいらの腕前、そんなにすごかったかなあ?」



「オルサムさん、大丈夫ですか?この石は何なのですか?」



「ふう。ポムよ、それを戻して、しっかりもとのようにしておくのじゃ。」


「だってせっかくおいらが・・・。」



「いいんじゃ。とにかく言う通りにせい。

これで、なぜタルナスが追われているかも分かった。」





オルサムは姿勢を正して、リマに向き直り、今までとは、うって変わった厳しい声で言った。



「リマよ、今の石はたぶん、そう、わしも本物を見たのは初めてじゃから、

たぶんとしか言えんが、光の石じゃ。


遠い昔、そう、神々がこの世界を造る時、大地に隠されたものを、ドワ−フたちが掘り起こした。

これは闇の石と対になっており、この石によってのみ、作られる色がある。


これが『再生の白』と『絶望の黒』じゃ。


そしてその絵具のル−ンこそ、神々の六つのル−ンのうちのふたつ、光のル−ンと闇のル−ンなのじゃ。

間違いはないじゃろう。

さっきの石には、端に少し削ったあとがあった。

あれこそ数千年の昔、賢者メネラスがド−ラスを倒した時に、使ったものにちがいない。


リマよ、この二つの色は、人の世界にあってよいものではない。

叡智とは、知ってよい事と悪い事の区別を知ることなのじゃ。

光の石と闇の石、光のル−ンと闇のル−ン、これらはこの世界を形作った。

ということは、この世界を無に戻す事も出来るという事じゃ。

心してこれをかくせ。

そして生き物の司にゆだねよ。

タルナスも、そのために追われているに違いない。よいな。」




「はい。」




リマの返事を聞くと、オルサムはおだやかな顔にもどって、しみじみとリマを見た。


「王の兵士が光の石をさがし、タルナスは行方が知れず、重荷は少年に託される。

つらい事よのう。」





「じいさん、直った。」


ポムがそう言って靴を差し出した。

はがした跡も分からず、きれいに、そしてより頑丈にそれは縫い直されていた。




「よし、今日は寝よう。

ベットはないが、余分の毛布があったはずじゃ。

おまえたちも、あとかたずけは明日にして、寝るといい。

そうじゃ、リマよ、今日から眠る時でも、靴は脱ぐんじゃないぞ。

ではおやすみ。」



リマはズナゴムとモムのそばに行って横になり、

ドルとタルが引きずってきた毛布を三人の上に掛けると、ため息をついて、そっと目を閉じた。




靴がいつになく重たく感じられ、足に世界を引きずっているような気分であった。




「がんばらなくちゃ。」



リマは小さくつぶやくと、深い眠りに落ちていった。

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