一. 屋根裏のほこりっぽいベットの上で、リマは大きくのびをした。 屋根に付けられた、小な窓からは、もう昼に近い日差しが差し込んでいる。 それを見ると、リマは何だか、不思議なものでも見るような顔をした。 「あっ、いけない!」 おおかみに追いかけられているリスよりも速く、藁のはみ出したベットから飛び降りると、 つぎはぎだらけのズボンとチョッキをつかんで、下へ降りるはしごに飛びついた。 「もうお師匠さまは、でかけちゃったかもしれない!」 おおあわてで着地すると、乾いた絵具の壷を二、三個けっ飛ばして転びそうになりながら、 リマは仕事場の扉に体当たりした。 「ごめんなさい!遅くなっちゃって。」 そこはいつもの仕事場ではなかった。 彼の師匠である、絵具師タルナスが命から2番目に大事にしていた、色の素が置いてある棚 は、 無残にも打ち壊され、机の上の調合器は下に転がっていた。 タルナスの部屋に通じるドアは破られ、明かり取りの二つの窓は、開け放たれていた。 床にあった何十という調合済の壷はすべて割られて、床の上に色とりどりの模様をかいている。 タルナスの姿はどこにもなかった。 リマは何が起こったのか、まったくわからずに、ただ床に流れた絵具を、呆然と見つめていた。 そして、そこに流れている色たちを、きれいだと思った。 ぼくにもいつか、こんな色が作れるだろうか・・・。 ゴトゴトッという音に振り返ると、壷がこっちへ動いてくる。 リマは我に返って、近くに転がっていた棒をつかんで身構えた。 「お前かっ、お前のしわざなんだな。」 しかし壷は、あとずさりしたかと思うと、いきなり向きを変えて逃げだした。 「待てっ。」 リマは壷を追いかけて、部屋のすみに追い込むと、えいっとばかりにひっぱたいた。 ばりんという音とともに、割れた壷から出てきたのは、なんと絵の具だらけで、すり傷だらけの小さなコボルト小人だった。 「モム、モムじゃないか。いったいどうしたんだ?これはお前のしわざなのか。お師匠さまはどこにいるんだ?」 「ふうっ、助かった。一生あの真っ暗な中 で、過ごさなくちゃならないかと思ったよ。 それにしても、おもいっきり叩いてくれたもんだ、まだ頭がガンガンする。」 「それどころじゃないだろう。このありさまは何なんだ。お前がやったのか?」 「その通り、と言いたいところだけど、違うんだ。ぼくだって、ここまでやる勇気はないよ。どんなにいたずらが好きでもね。」 「じゃあ、これは誰がやったんだ?それと、お師匠さまは?」 「待った、待った、そんなにいっぺんに聞かないでよ。 真っ暗な中にいたから、ぼくもこんがらがってるんだ。まず、水でも一杯もらおうかな。」 「モム、もう一度、壷の中につっこんでやろうか。それがいやなら、さっさと言うん だ。」 「わかった、わかったよ。でもここは絵具でベタベタだろ?せめて上の部屋で話させてよ。」 「よし、でも大急ぎだぞ。」 きれいに体をふいて、リマのベットにこしかけたモムは、赤い木のとんがり靴を、ブラブラさせながら話し始めた。 「いつものように、宝物の点検をしていた時のことだった。 きのうは昼間、とってもすてきな青い石を見つけたから、特に念入りにしてたんだよ。」 「モムの宝物って、あの汚い箱に入った、ガラス玉や壊れた金具のことかい?」 「あ−っ、だまってぼくの宝物をのぞいたな。いくらリマでも、承知しないからね。」 「ごめんごめん。それでどうしたの?」 「まったくリマったら。まあそれで、一通りそれが終ったから、ベットにもぐりこんだんだよ。 そうしたら、上で変な音がするんだ。ちょうどぼくの部屋は、仕事場の下だろ。 タルナスさまが、絵の具を作ってる音にしては荒っぽかったし。それでそっと見に行ったんだ。」 そこでモムは、ふうっとため息をついた。 「部屋は真っ暗だった。そしてその中を、黒いものが動き回っていたんだ。 やつらは闇の中でも目が見えるらしくて、赤い目だけが、ギラギラ光ってたよ。 ぼくはこわくなって、壷のかげに隠れていた。 そしてしばらくし て、お師匠さまの部屋から、何か命令するような声が聞こえたかと思うと、みんなそっちへ走っていった。 そこで初めて見えたんだ。黒いマントを頭からかぶった大きなやつが、赤い目をした手下たちに、何か命令してい る。 ぼくは本物を見たことなかったけど、間違いないよ、あいつらはゴブリン鬼だった。 そして部屋中を荒らしつくすと、黒マントの合図とともに、やつらは窓から飛び出していったんだ。 そこでぼく、しくじっちゃった。最後の一匹が飛び出す前に、かくれていた壷を、倒しちゃったんだ。 思わず振り向かれた時の、こわさったらなかったよ。 思わずその壷にもぐりこんで息をこらしていると、しばらくしてザッという音が聞こえてから、あたりは静かになった。 それでもまだこわくて、ぼくは壷から出られなかったよ。そのうち安心したんだろうね、そのまま眠っちゃったみたい。 そして今度は足音で目が覚めたから、あわてて逃げようとしたら、いきなりボカ ン、バリン。 目の前にリマが立っていたっていうわけさ。ぼくの話は、これでおしまい。」 「ふうん、誰なんだろう、その黒マントっ て。何のためにこんなことをしたんだろう。 それでモム、お師匠さまはどうしたんだい?」 「え、お師匠さま?」 「そうさ、それが一番かんじんなんじゃないか。お師匠さまは、どこに隠れていたの? それともまさか、さらわれちゃったんじゃないだろうな。」 「ちょっと、ちょっと。ぼくはお師匠さまの事は知らないよ。 だって、ぼくが上がっていった時には、もうお師匠さまはいなかったもの。」 「じゃあ、モムが上がってゆく前に、連れていかれたかも知れないんだ。」 「うん。」 「何のためにお師匠さまを。こんなに絵具が壊されているところをみると、絵具が目当てじゃなさそうだし。」 「本当に変だよ。あんなしわくちゃじいさんをさらって行ったって、何になるんだろう。」 「モム、今度お師匠さまにあったら、言ってやるぞ。」 「冗談だよ、リマ。ねえ、とにかく部屋をかたずけて、夜まで待ってみようよ。 何か手掛かりが、見つかるかもしれない。それにまださらわれたって、決まったわけでもないんだから。 やつらが来る事に気が付いて、どこかに隠れているかもしれないじゃない。 たとえば森のボルじいさんのところとかさ。ねっ、そうしよう。」 「おまえの言う通りかもしれないな。とにかく部屋をかたずけるか。」 二人は仕事場に戻ると、こわれた壷を片付けたり、器具をきちんともとの位置に戻したりしてみた。 しかし何も見つからなかったし、師匠のタルナスも戻ってはこなかった。 陽が傾く頃になると、陽気なモムでさえ、冗談も言わずに、ただ黙々と、タルナスが大事にしていた机の絵具を拭き落としていた。 リマはまったくの無言だった。 こんな事になって、あらためて、いかに自分がタルナスに頼っていたか、 どんなにタルナスを好きだったのかわかったような気がした。 つばのないとんがり帽子の下で、いつもキラキラ光っている 目、 しわばかりの細い指先でかきまわす調合瓶から、世界中の色があふれ出てくる。 長いひげとたれさがったまゆげは、どんな色もかなわわない純白。 優しいしゃべり方と、いつもの口ぐせ、 「リマや、大きい者にも、小さい者にもみんな大切な役目があるんじゃ。ほれ、そこの小さな虫にだってのう。」 父も母も知らないリマにとって、タルナスは父でもあり、母でもあった。 たくさんの思い出が一つづつ浮かんでは消え、心細さに泣き出したいくらいだった。 その時、タルナスの部屋からモムの呼び声が聞こえた。 「リマ、こっちへ来て。ほら、大急ぎ。」 リマがあわてて飛び込んでゆくと、絵具で汚れたタルナスのテ−ブルに、夕日が差し込んでいた。 そしてその絵具の間から、夕焼け色の走り書きが浮かび上がっていた。 「夕焼けインクだ!」 リマは叫ぶとテ−ブルに走りよった。 走り書きだが、流れるように美しい文字は、間違いなくタルナスのものであった。 「リマ、何て書いてあるの?これはお師匠さまの字でしょ?」 「うん、間違いない。」 「ねえ、早く読んでよ。ねえリマ。」 「それが大分絵具に消されちゃって、読めないんだ。ちょっと待って。ええと・・・。」 『 リマとモムヘ ・・・・・西の山の向こう ・・・・・・・・・ レガンの洞窟まで 生き物の司・・・・行かねばならぬ・・・・・・ 大至急・・・・・・・・・ モムと一緒に・・・・・ がんばって・・・・・・・・・ 汝が師 タルナスしるす 』 「ねえモム、一体これはどういう事なんだろう。 生き物の司とか、レガンの洞窟とか、ぼくは聞いた事もない。お師匠さまは無事なんだろうか。」 「リマ、リマ、リマ!そんなことぼくに聞いたって、わかるはずないじゃないか。 それよりやっと、これからどうしたらいいかわかったんだしこんな伝言を残しているくらいだから、お師匠さまだって無事なはずだよ。 安心したら、おなかが空いちゃった。もう晩ご飯の時間じゃない?食事にしよう。ぼくがとびきりおいしいものを作ってあげるよ。」 ←BACK NEXT→