リィン・・・・リィン・・・・リィン・・・
風のない地下でもあるディアド要塞の一室に、その鈴の音は鳴り続けていた。
その音に耳を傾けていたのは、銀髪緑眼の少年と青髪蒼眼の少女だった。
「・・・・・落ち着いた?」
少年は静かに少女に問いかけた。
「・・・・・・・・・・・」
少女は何も言わず頷いた。
「・・・・・行こうか?」
少年は再び少女に問いかける。
「・・・・・・・」
少女は何も言わずに、ただ首を横に振った。
「・・・・・・・そっか」
少年は、それ以上何も言わずに少女の横に腰を下ろした。
数時間前・・・・
「あの子があのゴーレムの核だっていうの?」
セレスフィアは、かつて少女が眠っていた場所に目を向けた。
「ああ・・・・」
真っ先に少女を見つけた洋パパは、心配そうな顔で頷いた。
「やはり、あの少女も血中魔力濃度が異様に高い。リンに匹敵するぐらいな」
と、ラーウィが険しい顔で付け加える。
「つまり、あの少女も危険な存在という訳か・・・リンの事も踏まえてお前ならどう判断する?ラスフェル」
「俺は・・・・やはり、リンと同じように自由にさせるべきだと思う。無駄に束縛しても意味はないだろう」
伏一貴の問いかけに、ラスフェルが溜め息混じりに答えた時だった、
「・・・・・・ぁ」
小さな声が、眠っていたはずの少女から発せられる。
「目がさめたようだな」
セレスフィアは、起き上がった少女に対して硝子越しに話しかける。
「名前は?」
「・・・・・・・」
「どこから来た?」
「・・・・・・・」
「何故、年端もいかぬ様な子供があんな場所に居た?」
「・・・・・・」
「答えろ!!!」
いつまで経っても答えない少女に、伏一貴が痺れを切らして怒鳴る。
その声に、ビクッと大きく肩を震わせた少女の目には、涙が溜まっていた。
「おい、伏。そんなに怒鳴らなくても・・・」
慌ててラスフェルが仲裁に入った時、
「いや・・・・」
「なんだ?」
初めて、少女が口を開いた。
「いや・・・・」
「いや?何が嫌なんだ?」
「いや・・・・いや・・・いや・・・・・いやあああああああああ!!!!!!」
ガシャーン!バキバキバキバキ!!!
少女の悲鳴と共に、少女を中心に竜巻が巻き起こる。
周りの物を巻き上げ、砕き、風の重圧が襲い掛かる。
まるで、彼女に誰も近づけない様に・・・少女を守るかの様に。
「なんだ!?」
「急激な魔力を感知!症例からして、自らを害する物を排除する無意識なる魔力の開放だと・・・・」
「そんな事はどうでもいい!早く止めないとあの少女が干上がってしまうぞ!」
「あ!洋パパ!」
誰かが止める声を無視し、洋パパは竜巻の中に飛び込んでいった。
竜巻は、洋パパを重圧で縛りつけ、風圧による鋭いカマイタチで切りつけ、排除しようとする。
しかし、洋パパは魔力障壁も無しで、竜巻の中心に向かって進む足を止めなかった。
(もう無くしたくない・・・・・手放したりはしない!)
かつて手放した物を求めるかの様に、洋パパは竜巻の中を突き進んでいく。
私はいつの間にか竜巻の渦の中心に居た。
いつ、この渦ができたのか分からない。
でも・・・あの人が見えなくなったから少し安心している。
あの黒い肌の人は、私を怖い目で見ていた。
あの目を見るととても嫌な事を思い出す。
何でこんな記憶があるのかが分からない。
でも思い出す。
真っ暗な闇の中で、私は何かに繋がれていて、まったく身動きができなくて、
とっても痛いものを私に押し付ける。
その痛いものを押し付ける人の目と、あの人の目が似ていた。
でも・・・・なんだか・・・・疲れてきたなぁ・・・・
洋パパが必死の思いで竜巻を抜けるのと同時に、少女が意識を手放して倒れこんだ。
「おい!大丈夫か!?・・・・くそ、魔力が急激に減っている」
洋パパは懐から札を取り出すと、意識の無い少女の額に貼り付けた。
「蠍の鋏・・・・龍の爪・・・・海王の揺り籠・・・彼のものを包み癒したまえ!『安らぎの翅』!」
札から柔らかい光が放たれると、竜巻は途端に消え、少女からは規則正しい寝息が聞こえてきた。
「何があったんですか?」
「これは・・・?」
訓練から帰ってきたリンとカルリラは、無残にも破壊された部屋の中を見て目を丸くした。
「リン戻ったか・・・・この子を・・・・澪音(レイン)の部屋に・・・」
リンに少女を託すと、洋パパはその場に座り込んでしまった。
「洋パパ!」
「この馬鹿!バリアも張らずにあの渦に突っ込むからだ!」
「魔力の消耗が大きすぎる」
「早く!!魔力の応急処置を!!!」
皆が洋パパに駆け寄り、緊迫した空気の中、少女を託されたリンは、澪音の部屋へと急いだ。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
魔力を回復させ、気持ちを落ち着かせる澪音の部屋で、その二人は寄り添うようにベッドに座っていた。
「・・・・・・(どうしよう)」
女性との接し方など、リンの記憶には皆無だった。
寧ろ、自分の記憶すら危うい。
自分は一体何者なのか・・・・
「・・・Rion・・・」
「リオン?」
「私の名前・・・」
『リオン』と名乗った少女は小さな声で話し始めた。
「ここ・・・・どこ・・?」
「ディアド要塞って所。安全なところだ」
「安全・・・・?」
「うん」
「あなたは・・・・誰・・?」
「僕はリンって言う名前・・・・なんだけど自分の記憶が殆ど無いんでね」
「記憶・・・ない?」
「うん。おかげで自分が何者なのかサッパリさ」
「私も・・・」
「?」
「私も記憶・・・・ない・・・・変なところに閉じ込められて・・・それ以外・・全然・・・」
「そうなんだ・・・・」
「あの・・・・・」
「ん?どうしたの?」
ギュッ
「!!!!!????」
突然、リオンがリンに抱きついた。
リオンに抱き疲れたリンは、顔を赤くする暇もなかった。
「な・・・な・・・な・・・」
次第に状況を飲み込んで顔が赤くなっていくリンは、変な声を出すので精一杯だった。
「い・・い・・いきなりどうしたの?」
「おんなじ・・・」
「おんなじ?」
「わたしとあなた・・・おんなじ・・・」
そう言われて、リンはリオンの魔力を感じた。
質は違うがその根底は、似たような力を感じとる。
「そうだね・・・・」
リンはそのまま自然にリオンを抱き返した。
まるで、時が止まったかの様に抱き合う二人。
コンコン
「!!!!」
その静寂を破ったのは、ドアをノックする音だった。
いきなり不意を突かれたリンは、三センチ程布団の上で跳ねた。
「は、離れてくれないかな?」
「なんで?」
「いいから!」
そういってリンは強引にリオンを離す。
リオンの少し泣きそうな顔に、胸が痛くなったが、見られて誤解されるのも恥ずかしい。
「大丈夫か?」
部屋に入ってきたのは洋パパだった。
ボロボロだった服と体はすっかり治っている。
「洋パパさんこそ大丈夫ですか?」
「ああ、それよりその子は大丈夫?かなり魔力を消費したようだけど」
洋パパに顔を向けられたリオンは、リンの陰に隠れるように脅えた目で後退りする。
「あらら・・・嫌われちゃったかな」
リオンの様子に、洋パパは苦笑した。
「いや、どうも恥ずかしいみたいで・・・この人がさっき君を助けてくれた人だよ」
代わりにリンが、顔を赤くしながらしどろもどろに言った。
リンが安心させるように、肩をポンポンと叩いてあげると、リオンはおずおずと顔を覗かせた。
「まぁいいや。君の名前を教えてくれるかな?」
「リオン・・・」
「そっか、リオンね。それで、さっきみたいに変なことが起こらないように訓練とかしないかい?」
「変なこと・・・?」
「さっきの竜巻」
「あれ・・・わたしが・・・?」
「ああ」
「うん・・・・やる・・・」
「そうか、なら話は早い。リンはカルリラが呼んでたぞ。特訓の続きだそうだ」
「うげ・・・やっぱり見逃してくれないかぁ」
げんなりしたリンが立ち上がって部屋から出て行こうとすると、
「あ・・・・」
「どうしたの?リオン」
リオンがリンの袖を掴んで引き止めた。
「また・・・会える?」
「ああ。またこうやってお話しよう」
「・・・・・うん」
リオンが、初めて少し笑った。
「君は今日はここで休んでてね。特訓は明日からにしよう」
洋パパもリンと一緒に部屋を後にした。
「・・・・リン・・・・」
一人になった部屋で、リオンは微笑を浮かべてその名前を小さく呟いた。
「・・・・・青春だねぇ」
「な!何言ってるんですか!そんな事なんてちっとも・・!」
「おやおやぁ?何かあったのかな?少年」
「くっ・・・鎌掛けたな」
「まだまだ青いねぇ。リン君よ」
「う〜・・・この性悪エルフ!」
「伊達に長生きしてはいないよ。さてさて、カルリラには何て報告しようかな〜・・・」
「てめえええええ!」
「はっはっは。魔力は当たらなければどうということはないさ」
カルリラの待つ訓練場までの道のりでは、リンの怒声と洋パパの笑い声が、魔力のぶつかり合う音と共に響き渡っていた。
暗い神殿のその奥に、静かに揺らめく二つの人影。
二人共深くフードを被っている為か、顔は見えない。
「さて・・・・何か弁明はあるか?刻印の剣王」
玉座に腰掛けている人物が、重々しく問いかけた。
「弁明って訳じゃないが、こっちは大命を果たしに行ってたんだ。お前の説教臭い戯言に付き合ってられるか」
問いかけられた相手は、煩いと言わんばかりに一冊の黒い本を玉座の人物に向けて投げた。
「ふん・・・・口が過ぎればお前の座も危ういことを忘れるな」
「そんなもん知ったこっちゃねぇ」
「聞いた話だと・・・水もやつらの手に渡ったらしい」
「・・・・で?」
「お前に、四つをまとめて我が手中に戻す方法があるのではないか?」
「くくく・・・虚け者(うつけもの)の俺に聞くかねぇ・・・焦熱の獄卒や大紅蓮の女王に聞けよ」
「焦熱の獄卒は術の最終段階だ。大紅蓮の女王は大命を果たしに行った。暗黒の使途も同様だ。暇なのはお前だけだ」
「はっ・・・まぁちょっと考えた策はあるがな・・・」
「ほぉ・・・言ってみろ」
暗い神殿の中で、二人の含み笑いだけが響いていた。