| *第1章−3 旅立ちの朝* グンターと話を終えて、ゼルが部屋に戻ったのは、 午前6時を回る頃だった。 「・・・・・・・・・・・」 今日はいつもの悪夢を見ていないのか、 セシルはスヤスヤと寝息を立てて熟睡していた。 起こさない様に足音に気を配りながら、自分のベットに腰かける。 「まさか、こんなに早く追っ手がかかるとは思ってもいなかった」 ベットの横に立て掛けてある剣を手に取り、具合を確かめる。 1年以上使われていなかったが、刃の鋭い輝きに変わりは無かった。 先程まで話していたグンターの言葉が、何度も繰り返し脳裏をよぎる。 「ここに追っ手が来るまでに、そう時間はかからないだろう。 街人に何度か、ゼル殿とセシルお嬢さんの姿を目撃されておる。 セシル姫ぐらいの年齢の娘は、この話せる島にそう多くは居ない。 情報が伝わるのも時間の問題だろう。 朝になったらセシルお嬢さんを連れて、できるだけ遠くへ逃げるのだ」 「しかし!それではグンター殿とキルティオ殿は、どうされるのですか!?」 自分達を受け入れてくれ、この一年間家族のように過ごしてきた二人。 かくまっていた事が明るみになれば、どうなるか想像しただけでも鳥肌が立った。 「一つ、頼みがあるのだが・・・キルも一緒に連れて行ってもらえないか?」 「!!」 「私一人ならば、魔力で結界を作って時間を稼ぐ事はできる。 その間に遠くへ隠れる事も可能なのだが、キルが居てはそれも難しい。 魔術師としてはまだ未熟だが、そなた達の役にも立てると思うのだが」 「もちろんそれは構いませんし、心強いのですが・・・ グンター殿を残して自分達だけ逃げる事を、セシル様が承諾するとは思えない。 私も、お世話になった貴方様を残して逃げる事はできない!」 「ゼル殿・・・気持ちは嬉しいが、私とて魔術師を束ねる導師。 そう簡単に奴等に負けたりはしないから、安心しなさい。」 「しかし・・・」 「それに、私が結界を張っている間に、少しでも逃げる時間が稼げる。」 「グンター殿・・・」 「そんな顔をするゼル殿は、初めて見たな。 セシルお嬢さんとキルには、私から話をしよう。 ゼル殿は部屋に戻って、すぐに支度を済ませなさい」 穏やかに微笑むグンターに、 ゼルは強く歯を食いしばりながら一礼した後、部屋に戻った。 ゼルが去った後、今まで穏やかに微笑んでいたグンターの表情は、 鋭いものへと変わっていた。 「私の大切な者たちを、傷つけようとしている愚か者どもには、 少しお仕置きをせねばなるまいな」 朝早くからグンターに起こされたキルティオは、 食卓を囲んでいる一同を見渡しながら、顔面蒼白になっていた。 「セ・・・セ・・・セシルちゃんが、 クロスローゼン王家のお姫様だったなんて!!」 「隠してて、ごめんなさいキル君・・・」 「しかもゼルさんが、姫様付きの王宮騎士で・・・さらに近衛隊長だなんて・・・!」 「申し訳ありません・・・」 今にも倒れるんじゃないという程に、 冷や汗を浮かべて固まるキルティオを、グンターが溜め息交じりに杖で小突いた。 「キル、ショックで混乱するのも無理はないが、少しは落ち着きなさい」 ゼルは、ある程度の支度を済ませてセシルを起こした後に、 グンターから伝えられた状況の悪化を、全てセシルに説明していた。 同時刻、グンターに起こされたキルティオも集まり、 全員が食卓の椅子に座ってから、グンターから話が切り出された。 一同の神妙な面持ちに、最初は戸惑っていたキルティオだったが、 話が進むにつれ、セシルやゼルの真実が語られる度に、 どんどん顔面蒼白になっていった。 グンターが一人で残ると聞いた時には、意識が吹っ飛びそうになったぐらいだ。 しかし、グンターから「お前も一緒に逃げるのだ」と言われた時、 不思議と冷静に受け入れていた。 「じゃぁ、お師匠様は僕に、セシルちゃんの力になって、 ゼルさんと一緒に守りながら、逃げて欲しいって考えてるんだね」 「そうだ。それから、身分がばれない様に、 今まで通りの呼び方でお二人と接しなさい」 「キル君・・・グンター様・・・」 今にも泣きそうなセシルに、キルティオが慌てて手を振る。 「うああああ、泣かないでセシルちゃん!!!」 「・・・あんなに良くして頂いたのに、 恩を返すどころか、こんな形で巻き込んでしまって、 ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」 泣き出してしまうセシルを前に、ゼルとキルティオは どうしていいのか分からずに、立ち尽くした。 その様子に、グンターがゆっくりと席を立ち、セシルの頭を優しく撫でた。 「セシル姫、私は貴方様が生きている事が、 大きく世界の運命を変えるのだと思っている」 「え?」 「それに、亡きレオン王とクリスティナ王妃の友人としても、 お二人が愛した貴方様を守りたい。 生きていてくれた事をアインハザードに感謝している。」 「グンター様・・・っ!」 椅子から立ち上がり、泣きながらしがみ付いてくるセシルを、 グンターは優しく微笑んで抱きしめた。 暫くして、セシルが落ち着きを取り戻した頃。 それまで黙って見守っていたキルティオが、セシルへ手を差し出した。 「セシル姫様」 「キル君?」 「僕はまだ未熟で、お力になれるか正直自信はありません。 ですが、セシル姫様を僕も助けたい。 僕の魔力を、貴方様を守る力として、ここに誓いましょう」 キルティオはセシルの前で一礼をした後、左手の小指に軽く口づけをする。 その瞬間、セシルの小指の先から、淡く光る緑色の粒子が3つ現れた。 「これは?」 「ゼル殿は初めて見るかな? 魔術師が自分の仕える主と交わす、契約の魔法だよ」 現れた光の粒子は、セシルの周りをくるくると数回舞った後、 淡く光りながら消えていった。 「これで、僕の魔力はセシル姫様をお守りする力となるでしょう」 「ありがとう、キル君」 「契約の魔法、合格点だったぞキル。お前にこれを託そう」 「これって・・・お師匠様の大事にしている杖!?」 グンターから託された杖を見て、キルティオが目を丸くするのも当たり前だった。 本来、魔術師は一人前と認められると、 自分専用の杖を導師に作ってもらう。 与えられた杖は、生涯手放す事は無く、 長い年月をかけて、己の魔力を蓄積させていく。 蓄積された魔力が多い程、 魔力との共鳴が強くなり、魔法の威力もより大きなものとなる。 グンターの杖は、普通では考えられない程の魔力が蓄積されいる。 それを預かるという事は、グンターの魔力の源を託された様なものなのだ。 「私の代わりにな。この杖がお前の旅を見守ってくれるだろう」 「はい!僕、精一杯頑張りますお師匠様」 「さて、そろそろ出発した方が良かろう」 グンターの指示で、一同は旅の支度を整える為に、素早く行動を開始した。 「グンター様・・・どうかお元気で」 「私の事は安心しなさい。貴方様の旅路に、アインハザードのご加護を」 不安そうな顔で見つめるセシルを前に、 グンターはいつもと変わらぬ優しい笑顔のまま、セシルの頭を撫でた。 「お師匠様のことだから、敵に対して手加減しないと思うよ」 「よく分かっておるではないか、キル」 「こ・・・怖い」 不適な笑みを浮かべるグンターを前に、ガタガタと震え上がるキルティオ。 どうやら、今までの受けてきた恐ろしいお仕置きを、思い出しているらしい。 「グンター殿、本当にお世話になりました」 「いやいや、ゼル殿が話し相手になってくれて、私も楽しかったよ」 お互いに硬く握手を交わすと、グンターがゼルに耳打ちをした。 「ゼル殿・・・一つだけ注意しておきたい」 「はい?」 セシルやキルティオに聞こえない様に、小さな声でグンターがさり気無く囁いた。 「セシル姫様が身に着けているペンダントは、絶対に敵に奪われてはならない」 セシルの身に着けているペンダントは、 王妃クリスティナが彼女に託した、形見のような物。 グンターの言葉の意味を、読み取ることは出来なかったが、 ゼルはゆっくりと頷いた。 旅立つ3人の後ろ姿が見えなくなるまで、グンターは見守っていた。 「運命の歯車は回り始めたようだな」 3人が旅立ってから3時間後。 カーツ率いるブラックナイトの軍勢が、 街人からの情報でグンターの家がある丘の前に到着した。 ところが、聞いた情報ではあるはずの洞窟がどこにも無く、忽然と消えていた。 グンターの張った結界で、見えないだけなので、実際には存在しているのだが、 捜索に時間が掛かり、カーツの率いる軍勢は、 ここで足止めを食らう羽目になったのだった。 「さて・・・お仕置きを始めようか」 この後、グンターがカーツの軍勢にどんなお仕置きをしたのか、 グンターは果たして無事だったのか、それはまだ先のお話。 ←Back Next→ |