| *第1章−2 剣が語る一つの真実* 「ゼル殿、一休みしてお茶でも如何かな?」 穏やかな口調で、お茶を差し出してきたグンター殿に軽く一礼した後、 薪割りの手を止めてタオルで汗を拭う。 気がつけば、そろそろ日が暮れる頃だった。 私とセシル様を温かく受け入れて頂き、1年以上もお世話になっている場所。 話せる島という街から少し離れた丘の洞窟に住む、グンター殿の家。 お世話になってばかりなのも、 申し訳なく思い、半年程前に自分から薪割りの仕事を申し出た。 毎日の様にお茶を持ってきて下さるグンター殿と、 縁側で他愛無い話をするのも日課になっていた。 「お帰りになっていたのですね」 「うむ、ついさっきな。セシルお嬢さんとキルは出かけているのかい?」 「はい、お昼頃にお二人で遊びに出かけました」 「そうか。 ゼル殿とセシルお嬢さんが我が家の一員になってから、もう1年が経過したのだな」 「はい。本当にグンター殿には感謝しております」 「いやいや、キルも遊び相手が出来て喜んでいる。家の中も賑やかになって私も嬉しい事だ」 キルティオ=エンドレススカイ殿は、グンター殿の所に弟子入りしている。 長年、お二人だけで生活していた様子で、 自分の家族のようなものだと、グンター殿から聞いた事がある。 「グンター殿とキルティオ殿のおかげで、セシルも随分と元気になりました」 「ふむ・・・出会ったばかりの頃は固く心を閉ざしておったが、今では穏やかに笑っておる。 私とキルは何もしてはおらんが、セシルお嬢さんが元気になったのは嬉しい事だ」 グンター殿に出会ったのは、1年前の事だった。 話せる島に辿り着いてから、二日目の夕刻。 夏の暑さと疲労から来る体力の低下で、セシル様が倒れてしまった。 「私の不注意で気がつかずに申し訳ありません!セシル様」 自分がセシル様の容態に気づいてさえいれば、すぐにでも休ませる事が出来たのだが、 森まで食材の調達に来ていた最中の出来事だった為、 街の宿まで1時間は掛かる距離に居た。 「ゼルは何も悪くは無いから気にしないで・・・少し休めば大丈夫だから」 私を気遣いながら、優しく微笑んで下さるセシル様の姿に、 己の未熟さが腹立たしく思えた。 夕刻とはいえ、まだ日差しは強い。 これ以上無理をさせる訳にもいかず、 セシル様を抱きかかえた状態で、木陰を見つけて腰を下ろした。 「はぁはぁ・・・」 腕の中の小さな体から感じた、異常な程に熱い体温と荒い息遣い。 「セシル様・・・熱が・・・」 一刻も早く体温を下げなければ危険だと判断したが、近くの小川までは少し距離がある。 「大丈夫・・・だから・・・心配しないでゼル・・・」 弱々しくも、懸命に動こうとするセシル様を、一人残して水を汲みに行くのも心配だった。 とりあえず、飲み水用に持っていた水を、タオルに染み込ませて額に乗せたが、 その場しのぎにしかならず、水が底を突きタオルにも熱が篭り始めた。 一向に下がらないセシル様の熱と、益々悪くなる顔色に、 人を探して助けを求めようと思った時だった。 「おや?具合が悪そうだが、そこのお嬢さんはどうかされたのかね?」 幸いにも通り掛かりに気づいて頂き、助けて下さったのがグンター殿だった。 「あの時、グンター殿に出会って居なければどうなっていたか・・・」 「私も驚いたよ。この丘周辺の森には、最近凶悪なモンスターが度々出現していて、 街の人々はめったに近寄らん。 見回りの最中に運良く出会ったから良かったが、危険な場所だったんだよ」 「本当に、何とお礼を言っていいのか」 「もう済んだ事だ。あの場所でお前さん達に出会えたのも、アインハザードの導きだろう」 不思議なお方だ。 一見おっとりとした性格に見えるが、時折とても強く鋭い目をされる。 見回りに同行させてもらった事があるが、 強力な魔法でモンスターを一掃する姿は、普段の穏やか様子からは想像もつかない。 「そういえば、セシルお嬢さんは最近眠れておるのか?」 「夢を見てうなされる回数は減っていますが・・・」 「そうか・・・まだ幼い少女にとって、背負いし運命は残酷な程大きいからな」 グンター殿には、私達の身元は悟られているのだろうかと、疑ってしまう。 私やセシル様から語る事は無く、グンター殿もあえて聞いてくる事も無かったが、 グンター殿が時折セシル様に向ける眼差しに、悲しみが宿っている事に気づいたからだ。 「さて、そろそろ夕飯の支度を手伝ってくれないか、ゼル殿」 「はい」 「ただいま帰りましたーーー!!」 勢い良く扉を開けて入ってきたキルティオの姿を見て、 机の上にお皿を並べていたゼルは目を丸くした。 「キ、キルティオ殿!その格好はどうされたのですか!?」 「え?あぁ・・・はははは、えーと・・・これは・・・」 ゼルが目を丸くする横で、グンターがスープをかき混ぜながら溜め息をついた。 「キル・・・お前また魔法に失敗したな」 「うっ・・・」 「まったく、いつまで経っても上達せんとは情けない」 苦笑いを浮かべながら、居心地悪そうに頭を掻くキルティオの服が、泥だらけで汚れていた。 「グンター様、キル君をあまり怒らないであげて!」 キルティオの後ろから少し遅れて入って来たセシルが、慌てて仲裁に入る。 「私が、ブレイブラビットの子兎を触りたいって言ったから・・・ キル君が魔法で動きを止めようとしてくれたの」 「結果的にはスローに失敗して、反対にヘイストをかけちゃって、逃げられてしまってさ・・・」 更に、失敗したスローの魔法が自分にかかってしまい、 上手く身動きがとれない状態で転んだらしい。 「キルの魔法が上達しないのはいつもの事だが、セシルお嬢さんに迷惑かけてないか心配だ」 「いいえ、私もキル君と遊んでて楽しいから」 「そうか・・・ありがとう」 「セシル、ブレイブラビットとはいえ、野生の生き物は牙を向きます。 怪我とかはありませんね?」 「大丈夫よ、ゼルは心配性なんだから」 「そうだよゼル!僕がセシルちゃんを危ない所に連れて行く訳無いだろ。 もしも怪我なんかさせたら、お師匠様からどんな罰を受けるか、 想像しただけでも恐ろしいよ!!」 「分かっておるなら、せめてスローぐらいは上達してくれると、安心なのだがな」 「うぐっ」 「ふふ。また明日も子兎見に行こうね、キル君」 「うん!」 「キルティオ殿は、夕飯前にお風呂に入った方が良さそうですね」 「あはは、そういえば泥だらけだった。行ってきますーーー」 「ゼル、私もお皿並べるの手伝うよ」 「では、これをお願いしますセシル」 最近は、何とか「様」を付けずに呼べるようになった。 様をつけて呼んでしまうのは、昔からの習慣で癖でもあったが、 「様が付いてたらおかしいでしょ!ゼルと私は兄妹って設定なんだからね!」と、 セシル様に注意されたので練習した。 時々、つい癖で言ってしまう事もあったが。 グンター殿が夕飯の準備をする横で、キルティオ殿とセシル様が楽しそうに笑い合い、 私は準備の手伝いをするという、すかっり馴染んできた日々の穏やかな風景。 このままセシル様が笑って暮らせるのならば、どれだけ幸せな事か。 しかし、日々迫り来る闇は、今日も幼き少女の心を苦しめる。 「ゼル殿、ちょっといいかな?」 夕飯の後片付けが終わり、部屋に戻ろうとしていた時だった。 グンター殿の部屋の扉の前で呼び止められ、そのまま中へと招かれた。 本で埋め尽くされたグンター殿の部屋は、どこか懐かしい匂いがした。 「今お茶を入れるから、その辺りにでも腰掛けておくれ」 「はい、ありがとうございます」 言われるままにテーブルへ腰掛け、差し出されたお茶とお菓子を受け取る。 向かいの席でゆっくりと煙草をふかせながら、最初に口を開いたのはグンター殿だった。 「ゼル殿、今から私の言う事を心して聞いて欲しい」 真正面から見つめてくるグンター殿の目が、いつに無く険しかった。 嫌な予感がしたが、頷く事しか出来ずに息を呑む。 「話せる島の住人から聞いたのだが、 最近、船着き場辺りを黒い甲冑を纏った不審な集団が、徘徊しているらしい」 「・・・・・・・・・・・・・」 「その中でもリーダーと思われる者は、 大きな盾と剣を持ち、白い甲冑を身に纏っていたという事だ」 「・・・村人に被害は?」 「いや、今の所被害が出たという話は聞かないが・・・ その者は村人の前でこう言ったそうだ」 『我が名はカーツ。クロスローゼン家の生き残りを探している。 心当たりのある者は申し出よ!もし、隠すことがあれば命が無いものと思え』 「っ!!!」 クロスローゼン。 その名を聞いたとたんに顔色を変えたゼルを、グンターは見逃さなかった。 「・・・・・やはり、セシルお嬢さんの事だったか」 「貴方は気づいておられたのですね・・・」 「うむ・・・」 「何時からですか?」 「最初からだ。・・・ゼル殿の持っている剣を私は知っているからな」 「!!!」 私がクロスローゼン王家に仕え、近衛隊長に就任した際に、 レオン王から贈られたこの剣は、この世に一つしか無い物。 そして、私の唯一の家宝でもある。 この剣がどういう物なのか知っているという事は・・・ 「その剣には、[授かる者にアインハザードの祝福を]という祈りの魔法が込められておる」 「ええ。その魔法を施して下さった魔術師の方は、王のご友人だったと聞いています」 「・・・その剣に魔法を込めたのは私だ」 「では、貴方は!!」 「うむ。私はセシル姫の父上、今は亡きアデンの前王である [レオン=クロスローゼン]王を知っておるよ」 「まさか・・・この様な形でお会いできるとは」 「私とて、最初は驚いたよ・・・セシル姫を拝見したのは、 王妃のクリスティナ様に抱かれていた、まだ赤ん坊の頃だったからな」 グンターは、一度煙草の灰を落とすと続けて話しだした。 「私はゼル殿に会ったことが無い。だから最初は確証などなかったのだ。 セシルお嬢さんの名前も、姫様と同じ名前なだけだと思っておった。 しかし、熱でうなされているお嬢さんを仕切りに看病するゼル殿が、 無意識なのか「セシル様」とずっと呼びかけておったのを見て、疑問に思ったのだ。 最初に、セシルお嬢さんの事を自分の「妹」だと、私に紹介してくれただろう?」 「はい」 「妹に対して、「様」を付けて呼ぶ者はまず居ない。 様をつけてその名を呼ぶという事は、 自分にとって身分が上な人物か主。または尊敬する人物になるだろう。 もちろん、それだけでは確証にはならんが・・・」 グンターがゆっくりとゼルの右腕を指差した。 「右腕にある傷。それは、剣などで切られた時に出来る独特の傷だな。 普通の一般人が剣を持つ事は殆ど無い。 剣を扱うのは王宮の騎士か、 象牙の塔から街に派遣されてくる警備兵だけというのは、誰でも知っている事だ。 ゼル殿は、自分の持っている剣を布に包んで隠していたが、 剣に宿る魔力が、私の魔力と共鳴する事から、 私が係わった物を持っているというのは、すぐに分かったよ」 「なるほど・・・魔術師の方々には、 それぞれ独自の魔力があるとは聞いてはいましたが」 「うむ。それから、ゼル殿の身のこなしを見て、普通の騎士ではないと思った。 セシルお嬢さんを心配する傍ら、周辺に神経を張り詰めていただろう。」 「そんな事までお見通しだったとは・・・」 「そんなゼル殿の様子から察するに、 この者は王宮に仕える騎士で、その騎士が守る少女といえば王族の者。 更に、何者かに追われていて、逃げているのではないかと思ってな。 クロスローゼン王家が何者かに襲われたというのは、噂を聞いて知っておったが、 この目で見た訳では無いので、さすがに真実までは分からなかった」 気が付けば、ポットに用意してあったお茶の残りがわずかになっていた。 どれぐらい話をしていただろうか、時刻は午前1時を回っていた。 「もうこんな時間か。あまり長く引き止めていては、セシルお嬢さんが心配するだろう」 「先程、お部屋から物音が聞こえ無くなったので、眠られたかと思います。」 セシルとゼルに与えられている部屋は、グンターの部屋の隣に位置する。 物音ぐらいは、壁越しにでも十分聞こえるのだ。 「そうか、では本題に入ろうか」 「はい」 この日、ゼルとグンターの会話は、夜が明けるまで続いた。 ←Back Next→ |